第22話 恋人ょ!! よくぞ戻った 〜攫われた大特ダネ〜



1968年(昭和43年)に「ロートレック展」を開いた京都国立近代美術館。「マルセル」が人気を集め、会期42日間の入場者総数は7万4748人を数えた。「マルセル」盗難事件は、最終日に起きた。(京都市左京区岡崎で写す)

花のパリ。あのムーラン・ルージュに咲いた華「マルセル」が日本に来た−−。大学紛争にゆれた昭和43年(1968年)、気ぜわしい年の瀬というのに、京都・岡崎の京都国立近代美術館の「ロートレック展」には連日、長い行列ができた。

トゥールーズ・ロートレック。36歳で早逝した19世紀フランス近代画壇の巨匠である。モンマルトルに住み、浮世絵に学んだ淡く明るい色彩で、劇場やサーカス、キャバレー、酒場、娼家などの女性を描いた。その代表作のひとつが「マルセル」だった。

主催者は、ロートレックが生まれたアルビの美術館と、京都国立近代美術館、読売新聞社。油彩、デッサン、リトグラフ、ポスターなど、231点もの作品が並んだ。日仏親善のためにと、両国の文化省庁の支援で実現した豪華な展覧会だった。

11月9日、「ロートレック友の会」会長ドルチュ夫人を迎えて、華やかに開幕。「マルセル」は1階展示室の中央にあった。つんととがった鼻から胸元に、ふくよかに流れるライン。ウルトラマリンとバイオレットでさりげなく束ねた髪・・・・。その横顔に魅入られるように、見学の人たちが足を止める。ため息がもれる・・・・。

この絵のモデルは、誰なのか−−。オペレッタ「シルペリック」のボレロを踊る名女優マルセル・ランデルと伝えられてはいる。だが、同じ名前の「娼婦」だという説も根強く残る。そんな謎がまた魅力なのか。ファンにとっての「マルセル」は「魅惑の恋人」だったのである。絵葉書の売れ行きは群を抜いた。

この盛況に、12月25日までの会期が急遽、2日間延長された。最終日の27日朝、異変が起きた。開館20分前の午前9時40分ごろ、展示場を点検中の鈴木健二技官は目を疑った。

「ないっ・・・・、マルセルが、ないっ・・・・」
高さ1.8メートルの壁に架けてあった「マルセル」が、攫(さら)われたように消えていた。パトカーのサイレン、かけつける報道陣。美術館も平安神宮の大鳥居がそびえる周辺も、大騒ぎになった。

前日の閉館後に2回、この朝も7時半に、当直の守衛が巡回したが、異変には気づかなかった。一体、いつ盗まれたのか。金が目当てか、熱狂的なファンの仕業か・・・・。時価1億円といわれる「マルセル」だ。海外に流出したら、取り返しがつかない。マニアの犯行だとすると、誰の目にも触れないように「魅惑の恋人」を独り占めにするだろう。

京都府警の捜査本部が、5万枚の手配書を全国の空港や港の税関、美術・骨董商などに配る。「美術を愛する世界の仲間のために、どうか返して・・・・」と、今日出海・文化庁長官が呼びかける。「発見者に1000万円贈呈」と、読売新聞が発表する。「私の責任」と、今泉篤男館長が辞任を表明する−−。


「魅惑の恋人」といわれた「マルセル」(複製)と、この事件のデスクだった嶋倉宏さん。長い記者生活の中で、最も忘れたくない事件だという。後にACTV(全関西ケーブルテレビジョン)の社長時代も、座席の横にいつも複製の「マルセル」を飾っていた。

3日目に、やっと手がかりがつかめた。美術館から南へ150メートルの疏水のほとりで、「マルセル」の額縁と犯人のものらしい足跡がひとつ見つかったのだ。額縁には、縁飾りをドライバーではずした傷があった。

犯人は27日朝9時過ぎ、守衛交替のすきに展示場に紛れ込み、「マルセル」をはずして疎水のほとりまで走り、額縁をこわし、絵だけを抜き取って逃げたらしい。まるで怪盗ルパンのように、わずか30分間の犯行とわかった。

年があけて1月4日、悲劇が起きた。事件前夜からの当直だった守衛の自殺だった。再三の取り調べで、疲れ果てていたという。

そして、7年の歳月が流れた。昭和50年(1975年)12月27日午前零時、事件はついに「時効」になってしまった。「魅惑の恋人」には、もう2度と逢えないのか。あとに残ったのは、絶望とやり場のない怒りだけだった。

警察は延べ4万7000人の捜査員を動員して、7000人をリストアップした。うち4626人を徹底的に洗った。最後に残った8人を、ポリグラフ(うそ発見器)にかけた。額縁の発見現場で目撃された男の、モンタージュ写真も配った。国際刑事警察機構(ICPO)を通じて、38カ国に特別手配もした。そのすべてが、空振りに終わったのである。皮肉なことに、この年の流行語は「オヨヨ」と「ちかれたびぃー」だった。




時効から1カ月、記憶から消えつつあるこの事件を、1本の電話がぐいっと現実に引き戻した。51年1月28日、朝日新聞大阪社会部の永尾辰弥部長に東京朝日からかかった電話だった。

「マルセルらしい、どうしたらいい、と大阪の知人から電話があって・・・・」
「えぇっ・・・・」と、永尾は絶句した。「まさか・・・・、いや、もしかして・・・・」。教わったダイアルを回す。Aさん夫妻の、困り果てた声がとびこんできた。

「2年半も前に、知人の息子さんから絵を預かったんです。最近になって有名な絵じゃないかと気づいて、ホンモノだったら大変・・・・。どうしたらいいのか・・・・」
司法、検察の担当記者を長く勤めた永尾は、慎重だった。

「ホンモノだったら警察に渡さないと・・・・。とにかく、専門家に鑑定してもらいましょう。明日、絵を持ってきて下さい。ご夫妻の安全については、最大の努力を払います。ご安心ください・・・・」
Aさん夫妻は、翌29日午後2時に来社することになった。

「大特ダネか、ガセネタに終わるか・・・・、あしたが勝負や・・・・」
永尾は、編集局長室にとびこんだ。静かな場所で、極秘に準備を進めるためだ。

まず鑑定だ、ホンモノでなければ茶番劇に終わってしまう。では、誰に頼むのか。学芸部の美術担当で画家でもある池田弘記者に、応援を求めた。

池田も若いころは社会部の記者、大特ダネともなれば血が騒ぐ。親しい2人の顔が浮かんだ。京大教授・美術評論家の乾由明さん、神戸大助教授の池上忠治さんだ。すぐ電話をかけた。「あす午後2時に、ぜひ、ご来社を・・・・」と、理由も告げずに頼みこんだ。

乾さんは「マルセル」が盗まれたとき、同近代美術館の事業課長だった。池上さんはルーブル美術館で西洋美術を学んだとき、朝日のパリ支局で仕事を手伝ったという縁がある。この2人なら「マルセル」の真贋を見抜いてくれるに違いない。池田の口調から何かを感じたのだろう、2人は理由も聞かずに快諾してくれた。

翌29日朝、永尾は社会部の4人に「すぐ、社へあがって・・・・」と、招集をかけた。デスク兼大阪府警キャップ嶋倉宏、府警担当岡田安弘、遊軍キャップ島田尚男、遊軍水野俊吾だった。部長からこんな声がかかるとき、まずは転勤と相場は決まっている。憮然とする4人に、永尾は告げた。「大特ダネや、極秘やぞ・・・・」。嶋倉は鑑定と記事のまとめ、島田はAさん夫妻、岡田と水野はAさんに絵を預けたBさんの担当になった。

午後2時、紫の風呂敷包みを抱えてAさん夫妻が来た。池田と嶋倉は風呂敷包みを預かり、堤さん、池上さんと編集局長室に入る。永尾と島田は隣の応接室で、Aさん夫妻から絵の入手経路といきさつを聞く。Aさん夫妻は、こう語った。

48年秋ごろ、「おばさん、預かって・・・・。ボクが取りにくるまで、誰にも渡さないで」と、Bさんが風呂敷包みを置いていった。子どものころからよく遊びに来た子だったので「はいよ」と、玄関横の客間の押し入れにしまった。

49年7月、奥さんの海外旅行のとき、Bさんに「持って帰って」と頼んだが、そのまま預かって、という。出発前に夫婦で風呂敷包みをあけて、初めて絵だということがわかった。また押し入れにしまった。

1週間ほど前に、外国の絵画の本を見ていたAさんが絵のことを思いだし、24日に調べると裏にロートレックの名前があった。念のために百科事典をみると、鼻や口がそっくりで、もしやと朝日の知人に相談して、初めて盗難事件を知った・・・・。
Aさんは最後に、こうつけ加えた。

「長い間、疑問を持たなかったうかつさを責められたら一言もないが、警察には詳しく話します。でも、よそのマスコミにもみくちゃにされては困ります。朝日さんの言う通りにしますから、どうしたらいいか教えてください・・・・」

平安神宮の大鳥居がそびえる神宮道。写真左側の裏道の疏水のほとりで、盗まれた「マルセル」の額縁がみつかった。京都国立近代美術館は、大鳥居手前の左側にある(京都市左京区岡崎で写す)

鑑定は慎重に進んだ。まず絵の左上の「MARCELLE」の記銘と、右下隅のロートレックの署名を確認する。嶋倉が絵のサイズを測る。縦45.8センチ、幅29.3センチ。あれっ、展覧会の図録より縦で7ミリ、幅で2ミリ短い。しかし乾さんと池上さんは、冷静だった。画面の隅々まで、ルーペでなめるように眺める。裏を返し、ラベルの1字1字を丁寧に調べる・・・・。30分が過ぎた。2人はやっと顔をあげた。

「間違いありません、ホンモノです」
傷もなかった。池田の顔がほっとゆるんだ。サイズの違いは、図録の誤りだったのか。大特ダネは、ついに現実になった。あとは、Bさんの取材だ。永尾は岡田とラジオカーで、大阪郊外の団地に走った。中学校の先生のBさんは、こう話した。

「あの絵は、そんなに大変なものとは知らずに、ある人物から預かった。そのあとAさん夫妻に預けた。このことは警察にも話しますが、それ以外のことは誰にも絶対に言えません。それが信義というものです。Aさんご夫妻には、ご迷惑をかけてすまないと思っています」
真犯人と思われる「ある人物」とは誰か、Bさんはついに明かさなかった。日が暮れてきた。奥の部屋で赤ちゃんが泣き出した。「何か思い出したら、これに書きとめてください。いただきに来ます」と岡田がBさんにメモ帳を渡し、2人は立ち上がった。

玄関のドアのノブを岡田が回したとたん、ドアの隙間から靴が踏み込んできた。「サツだっ」と岡田は直感した。「マルセル発見」も、Bさんのことも、大阪府警にはまだ話していないのに、早すぎるじゃないか。尾行されたのか・・・・。

「何するねん・・・・、あんたらに、そんな権限あるのか・・・・」と怒鳴ったとたんに、引きずり出された。数人の私服がなだれこんだ。ガチャンとドアが閉まった。

外に数台の車が並び、京都支局時代に親しかったデカ長がいた。京都府警だった。その動きを監視するように、水野が立っている。「岡田はん、何か聞けたか・・・・」と、デカ長が聞く。そうか、ここに来る途中、本社に連絡した無線が傍受されていたのか・・・・。

30分後に、私服たちは出てきた。「アカン、何もしゃべりくさらん・・・・」と吐き捨てるようにいう。よしっ、帰ろう。急がねばならない。

夜9時半過ぎ、マルセル班の取材完了を見定めた嶋倉は、大阪府警の刑事部長にあいさつの電話をかけた。「マルセルは朝日が預かっています。できるだけ早く、そちらに届けます」。ただこれだけの情報でも、直ちに京都府警に連絡が飛ぶ、各社に漏れるに違いない。だから「ホンモノ」という鑑定結果は、話さなかった。

夜が更けた。やはり読売の動きが激しくなった。「マルセル、朝日に・・・・」という情報をつかんだのだろう。無理もない、自社が主催する展覧会のヒロイン「マルセル」が、こともあろうにライバル社の手に落ちたのだから。

乾さんから池田に電話がかかった。「毎日もかぎつけたらしい」と。各社が乾さん宅に押しかけたら、大変だ。池田はホテルを用意して、乾さんはもちろん、池上さんにも避難してもらった。「ホンモノ」と確認した2人は雲隠れ、Aさん夫妻のことは他社は知らない。Bさんはしゃべらない。よしっ、これで各社は、手の出しようがない。

30日午前零時、社会部から整理部に大特ダネの原稿がすべて流れた。ほっとする嶋倉に、夜間通用口の守衛が駆け寄った。「面会です。会うまで帰らないと・・・・」。窓を開けて3階から見下ろす。読売の車が止まっている。大声が飛んできた。

「アサヒシンブ〜ン・・・・、絵を返せぇ〜っ・・・・」
「追い返せっ」と、嶋倉は怒鳴った。午前2時半、朝刊の最終版が刷り上がった。1面トップから、大見出しが4本も並んでいる。

「マルセル 大阪にあった」「盗難から7年1カ月 無傷で」
「中身知らず2年半」「知人から預かっていた」「本社に連絡、本物と断定」

朝日新聞に持ち込まれた「マルセル」の鑑定では、最初に記銘が確認された。写真(複製の左上部の拡大)左上に「MARCELLE」(矢印)と書かれている。

パリ発の根本特派員電で「嬉しい、信じられない・・・・」というドルチュ夫人の声まで紹介している。ほっと緊張がゆるんだ。「大成功!!」と、コップ酒で祝杯をあげた。

3時半過ぎ、各紙の朝刊最終版の交換紙が届いた。毎日を見て、嶋倉は愕然とした。なんと1面トップに、20行程度の短い記事ながら「マルセル戻る」と載っている。

この記事は、何だ。一体、どこで、誰に確認して書いたのか−−。読み直す嶋倉の目が「マルセル」のサイズに止まった。縦45.8センチ、幅29.3センチとある。「冗談じゃない。これはお昼の鑑定で、おれが測ったサイズじゃないか・・・・」。それと同じ数字を、毎日は書いている。とすれば、朝日の早版の記事を読んで、そのまま引用したとしか思えない。

特ダネ合戦は、ときに社運を賭けた争いになることがある。この事件の読売がそうだった。「ロートレック展」の主催者の面子にかけても「マルセル」を取り戻したいのに、朝日に先を超された。その朝日は、1本の電話を端緒に苦労を重ね、大特ダネに育てあげた。出遅れた毎日は、一番おいしいところを掻っさらった・・・・。

紫の風呂敷に包まれた「マルセル」は30日朝、朝日新聞から大阪府警に、さらに京都府警に引き渡され、2月13日に読売新聞社に返還された。アルビ美術館に納まったのは、2月27日。7年4カ月ぶりのお里帰りだった。

「魅惑の恋人」を誘拐したヤツは、一体、誰なのか。いまだに真相はわからない。なんとも後味の悪い事件だった。それにしても、なんとも無念!!。最後の土壇場で、大特ダネは消え去ってしまった。永尾は後日、社内報にこう書いている。

「完全スクープと思っていたのに、意外にも一社が追いすがってきた・・・・。“敵ながらあっぱれ”とだけ、言っておこう」

◇参考資料・文献◇
朝日新聞記事、「読売新聞大阪50年史」(読売新聞大阪本社)、「自分史の手びき」(紀伊国屋書店)、京都国立近代美術館ホームページ