5)VHS対ベータの家庭用VTR規格統一戦争(前編)

家庭用録画機器として全世界に普及したVTR
家庭用の録画機器と問えば、今では「DVDレコーダー」と答える人が大半だろうが、ほんの数年前までは皆「VTR」と答えていたほど、どこの家庭にもVTRは普及している。この家庭用VTRこそが“エレクトロニクス立国日本”を見せつけた1つであり、次世代の「DVDレコーダー」へと受け継がれてゆく。

家庭用VTRの開発の歴史は、また規格統一問題という、今日でも次世代DVDなどに見られるように、なかなかまとまらない厄介な問題のスタートでもあった。

ソニーがベータ方式のベータマックス「SL-6300」で先行
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ソニーのベータマックス第1号機「SL−6300」

今では家庭用VTRといえば、VHS方式のことを指すが、実は家庭用VTRで先行したのは、1975年5月に第1号機を発売したソニーのベータ方式のベータマックス「SL-6300」である。VHS方式は翌1976年9月に発売した日本ビクターの第1号機「HR-3300」だった。

これ以降、ベータ方式とVHS方式という2つの家庭用VTRの規格競争が国内はもとより世界のハード、ソフトメーカーをも巻き込んだ激しい戦いが繰り広げられることになる。

「ベータマックス」と「VHS」名称の由来
ベータ方式の名前の由来はテープに記録するときのガードバンドを廃止し、記録再生ヘッドのアジマスずれを利用してフィールド単位のトラックを隣接させて記録する「ベタ書き」からきている。そして愛称の「ベータマックス」は、「ベタ書き」と、最高のもの「MAX」を加えて「ベータマックス」とネーミングされた。

一方のVHS方式は、文字通り家庭用のビデオである「VIDEO HOME SISTEM」の頭文字をとったものである。つまり家庭用のビデオに必要な機能・性能をもったVTRというわけである。

ベータ方式、VHS方式以外にも規格はたくさんあった
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日本ビクターのVHS第1号機「HR−3300」

むろん、ベータ方式、VHS方式以外にもホームビデオの規格はたくさんあった。米国AVCO社の「カートリッジビジョン」、RCA社の「セレクタビジョン」、AMPEX社の「インスタントビジョン」などが60年代後半に発売されていた。

また70年には、EIAJの統一方式VTRとして1/2インチオープンリール方式、フィリップスの「VRC」、ソニー/松下電器/日本ビクター3社共同開発の3/4インチU規格VTRが発売されている。この3/4インチU規格VTRは、性能が優秀でベータ方式、VHS方式の登場以降も業務用などに20年近く使われることになる。

松下電器の「VX-2000」や、東芝の「VコードU」が発売される
さらに72年には、フジの「CVR」、米国CBS社の「EVR」、73年には松下電器の「カートリッジ」、75年には東芝の「Vコード」、松下電器(当時の松下寿電子工業)の「VX-1000」、フィリップスの「VCRU」、76年には松下電器(当時の松下寿電子工業)の「VX-2000」、東芝の「VコードU」が発売されている。

こうした多くの家庭用VTR規格の中でベータ方式、VHS方式が市場をリードすることになったのは家庭用として必要な、小型化、低価格化、操作性の良さといった要望を満たしていたからである。

ベータ方式陣営には、開発メーカーであるソニーの他、東芝、三洋電機、日本電気、アイワ、パイオニアが、VHS方式陣営には、開発メーカーである日本ビクターの他、松下電器、日立製作所、三菱電機、シャープ、赤井電機と、家電業界を二分する構図ができ上がった。

2時間録画が大きな争点に
ベータ方式は、カセットが小型で画質も良く、特殊再生も出来るが録画時間が1時間というのが不利だった。これに対してVHS方式はベータ方式に比べてカセットが少し大きかったものの、2時間録画が可能な点が大きなセールスポイントとなった。

日本ビクターのVHS方式開発陣は、業務用VTRのユーザーを回っているセールスマンから「家庭用VTRは2時間の録画時間は絶対条件だ」という情報が入っていた。つまり映画番組の録画には2時間は必要ということだった。実はRCAも1時間録画のためベータ方式の採用を見送っていたのだ。

めまぐるしく動いた長時間録画競争
ソニーも各社にベータ方式の採用を持ちかけていた時には、すでに2時間録画の技術開発を終えていたというが、スタートから録画時間の差があったことで不利な戦いを強いられることになる。後に「ベータII」という形で2時間録画規格が登場するが、VHS方式も3倍モードで6時間録画を打ち出して対抗、長時間録画競争はめまぐるしく動き出す。

日本ビクターが、VHS方式を発売するために経営陣は親会社である松下電器がVHS方式を採用することが不可欠であると考えていた。というのも、松下電器は独自の家庭用VTRを開発していたし、ソニーからベータ方式採用の働きかけもあったのである。

通産省がベータ方式で規格統一する方向で調整
さらに、当時、通産省は家庭用VTR普及のためには規格統一が必要と考え、水面下で動いていた。先行発売のベータ方式が完成された技術であると、通産省ではベータ方式で規格統一する方向で調整作業に入っていた。

これには日本ビクターでは一歩もゆずる気は無かった。規格統一に当たっては、「VHS方式の2時間録画は家庭用VTRの絶対条件」と抵抗。あくまでVHS方式を発売すると、通産省のベータ方式での規格統一に抵抗した。

新しい規格の家庭用VTR発売を自粛する通達を出した通産省
通産省は、ベータ方式もすでに2時間録画技術の開発を終えていることや、ベータ方式に統一するなら日本ビクターの開発費もソニーが負担する用意があることなどを伝え説得した。その一方で、ユーザーに混乱を与えないようにと「76年11月1日以降は新しい規格の家庭用VTRを発売しないよう」自粛する通達を出した。

まだVHS方式採用を決定していない松下電器を説得するには松下幸之助相談役に直談判するしかないと、ミスターVHSの異名をとっていた日本ビクターの高野鎮雄ビデオ事業部長は、急遽、夜中に車で大阪に飛び、早朝工場の前で相談役を待ち受け、VHS方式採用を訴えた。

「ベータは100点満点だが、VHSは150点や」と幸之助相談役
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日本ビクターの「HR−3300」発表会場(DVD「陽はまた昇る」データから)

幸之助相談役は「ええ機械作りなはったな〜。2時間か・・・、客が買うテープ少なくてすむ。ベータは100点満点だが、VHSは150点や」と松下電器の技術陣を前にして、高野ビデオ事業部長にVHS方式に対する感想を語った。

数日後、ビデオ事業部に戻った高野事業部長に幸之助相談役から「うちもVHS方式を採用さしてもらいますわ」との電話が入った。こうして1976年9月9日、日本ビクターは第1号機「HR−3300」を10月31日から発売すると発表。販売自粛1日前の滑り込みセーフであった。

さらに「HR−3300」の発表会場で松下電器がVHS方式を採用の意向であることを発表した。そして松下電器は、1976年10月20日、VHS方式の採用を正式に発表、これによってVHS対ベータの家庭用VTR規格統一戦争は、いよいよ関が原の戦いへと突入することになる。

ソニーもVHS方式VTRを発売
家電流通界で大きな販売網を持つ松下電器の参入と、長時間録画競争で有利に展開したVHS陣営は、徐々にベータ陣営に差を付けて行くことになる。やがてVHS陣営に鞍替えするメーカーも増え、遂にソニーもVHS方式VTRを発売するなど家庭用VTRの規格戦争は勝負が見えてきた。

ソニーは起死回生の手段として、1984年1月25日から4日間にわたり、「ベータマックスはなくなるの?」「ベータマックスを買うと損するの?」「ベータマックスはこれからどうなるの?」という奇抜な見出しの新聞広告を打った。

広告の意図がうまく理解されずベータ離れが加速
それぞれの紙面には同時に「答えは、もちろんNO。」「もちろん発展し続けます。」というコピーが入り、最終日には「ますます面白くなるベータマックス!」と締めくくる逆説的アプローチだったのだが、広告の意図がうまく理解されず、皮肉にもこれを機にベータ離れが加速された。

規格統一における難しさを示した家庭用VTR
ソニーのベータマックスVTRは、日本国内で累計約400万台、全世界で累計約1,800万台が生産され、多くのユーザーに愛用されたが、「技術的に優れているものが普及するとは限らない例」として語られることもあり、規格統一における難しさを示した例でもある。

『参考文献』 DVD「陽また昇る」(日本ビクター発売)、日本ビクター創業70周年記念史、「VTRのすべて」(原田益水著・電波新聞社)、Web:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、Web:Sony Japan|Sony History