数学的に計算できるものはDSPで処理できることは既に述べた通りです。例えばアナログ回路のミキサを考えてみます。ミキサは二つの信号をかけ算するもので、よく使われているのはDBM(Double Balanced Mixer) と言われるダイオードを組み合わせた図1のようなものです。

図1 DBM

この回路では入力信号fsと局部発振よりの信号(以下局発信号)Loをかけ合わせて出力信号frfを取り出すものです。これらの信号の周波数関係は図2のようになっています。もし、この回路が理想的に動作すると、完全にバランスしているので局発信号Loは出力に現れません。しかし実際にはこの回路が理想的に動作しないため、いくらかのレベルの局発信号Loが漏れて出てきます。

図2 ミキサの周波数関係

表1は、これらの信号をデジタル化(数値化)したものの一部です。この表はExcelで作成し、入力信号fsと局発信号Loの数値化した値が縦に並んでいますが、この2つの数値を1行毎にかけ算した値が出力信号frfとなっています。これらの数値をそれぞれExcelのグラフで表したものが図3~図5ですが、これらの数値をD/A変換しても同様な波形が得られます。図5の出力信号frfの波形はDSB(Double Side Band) で周波数的には図2と同様ですが、局発信号Loの漏れは全くありません。

表1 デジタル化信号

図3 入力信号(fs)の波形

図4 局発信号(Lo)の波形

図5 出力信号(frf)の波形

この表は単にExcelで作ったものですが、これと同じことをDSPで演算することができます。入力信号はA/D変換器で数値化され、また局発信号も数値化したものです。局発信号のようにサイン波であれば一度発振器で作ったものをA/D変換しなくても、計算した値をROMに書き込んだ数値テーブルを参照するか、または計算によってその数値を作ることもできます。

DSPでかけ算した数値をD/A変換器にかけるとDSBの信号が得られ、このDSBの出力の片方のサイドバンドをフィルタで取り出せばSSBの信号が得られますが、この出力にも局発信号の漏れは全くありません。従って従来のアナログ回路のように回路のバランスを調整して局発信号の漏れを最小にする調整などは全く不要です。

このように数式で演算可能な変調、復調、フィルタ等の多くの機能はDSPで処理することができ、また、DSPはマイコンの一種で特にかけ算と足し算の動作が多く、これらの機能が便利に働くよう考慮されています。

図6はDSPが得意とするフィルタの構成を示す図です。この構成は非巡回型デジタルフィルタと言われ、入力にはA/D変換されたデジタル信号が入れられ、サンプリングのタイミングに合わせて左から右に順次ずらせて行きます。

図6 デジタルフィルタの構成

そしてそれぞれの信号に係数を持つ乗算器でかけ算して、その出力を加算するとフィルタの特性が得られます。この乗算器の係数を変えるとフィルタの特性を変えることができます。

無線通信で扱うほとんどの機能は計算で得られ、従ってDSPで処理できますが、現状ではすべてDSPになっていないのは、希望する高い周波数まで動作が困難なこと、DSPのコストがまだ高く、ローコストの機器まで使用困難なこと等が原因です。しかし将来的にはDSPを使ったデジタル処理が増えるものと考えられます。