前回までにデジタル変調まで進みましたが、変調された信号を必要な電力まで増幅すると、後はアンテナを接続するとデジタル信号を送信することができます。

アンテナから発射された電波は、受信アンテナへ到達して受信され、復調されてデジタル信号となりますが、アナログとデジタルの電波の飛び方や特性になにか違いがあるでしょうか。

アンテナから発射された電波は図1のように受信アンテナを見通せる場所なら直接届きますが、送信アンテナから目的とする受信アンテナ以外の方向へも電波が出るため、建物や車、電車等で反射されて受信アンテナへ届くものもあります。これらの直接波と複数の反射波が入り交じって受信アンテナに届くため、異なった位相と振幅が受信機に入力されることになります。このように直接波以外の色々な経路を通ってくる電波をマルチパスと言います。どこかで反射して受信アンテナへ届いた反射波は、直接波より遠い道のりを通ってきますので時間がかかり、位相的に遅れた信号になります。

図1 直接波と反射波の到達時間の違い

直接波と反射のため振幅が半分に減衰した一つの反射波だけの信号が合成された場合を図2に示します。図の左側のように位相が逆位相の180゜反転した場合はその合成波は弱くなり、右側のように同相で合成されると直接波より強くなります。これらの中間の位相では信号の振幅は中間の値になります。

図2 直接波と反射波の合成

合成波の振幅が一番弱くなる逆位相の180゜位相が変わるためには、直接波と反射波の距離差はどれくらいになるのでしょうか。ここでは1.2GHzを例に取りますと、1.2GHzの1波長は、3×108/1.2×109=25cmとなり、180゜の位相は半波長に当たるため12.5cmとなります。つまり、反射波がわずか12.5cm直接波より長い距離を通って合成されると、最大の減衰量を与えます。もちろん、単に半波長ずれるだけではなく、そこから波長の整数倍の距離が変わると、全く同じことが起きて1波長毎に繰り返します。

固定したアンテナでは多少反射波によって入力電波が弱くなっても、安定した受信状態を保ちやすいのですが、車などで移動するとどうなるでしょうか。車で移動する場合等では、仮にいつも直接波がアンテナに届いていても、直接波と反射波の届く距離が刻々と変わるマルチパスの干渉のため、元々GMSKのような信号にはない山や谷の振幅の変化が生じます。車で走りながら受信した信号の様子を図3に示します。車に1/4波長以上間隔をあけて2本のアンテナを取り付けると、到達距離が異なるため両方のアンテナの出力は異なった変化をします。二つのアンテナにそれぞれ別の受信機を取付て復調した信号の良好な方の出力を切り換えて取り出すと、1本のアンテナの場合より各段にエラーが減少します。この方法をダイバシティと言いますが、アンテナと受信機が二つ必要なためコスト面では不利になってしまいます。

図3 2本のアンテナによる車で走行中の受信信号の変化

信号に変調がかかっていない時に、反射波の位相がかわると単に信号の振幅が変化しますが、変調がかかっている場合は、元の信号は変調によって位相が変化しているため、部分的に干渉の状態が変わります。その様子を図4に示します。図のように反射波の位相が直接波と一見同相でも元のデータに影響する程の時間遅れが大きくなると、その合成波は図4のようになり、直接波と比べて異なった波形になるのが分かります。復調した符号に与える時間的影響が少ない場合はエラーが出難いのですが、符号の長さの20%を超えるような時間遅れがでると、実質的にエラーが急増して実用できなくなります。この時間は、D-STARのデータ通信の128Kbpsで計算しますと、128Kbps=7.8μSとなり、その20%は1.56μSとなります。この時間を電波の距離にしますと約470mとなり、直接波と反射波との到達距離差がこれ以上になると通信が困難になります。

図4 位相関係は同相でも時間遅れが大きい場合

このようなマルチパスの影響を元に戻す遅延等化器を使う技術もありますが、使用周波数が高く、また伝送ビットレートが高くなると、理想的な動作は困難です。このマルチパスの影響は、伝送ビットレートが低い程相対的な影響が下がるため有利になります。デジタル携帯電話のビットレートが比較的低いのは、帯域を狭くして多くの人が使えるようにする考慮もありますが、このマルチパスの影響を受け難くしている面もあります。CDMAの携帯電話は、スペクトラム拡散信号の性質上遅れてきた反射波は別の符号として分離することができるため、マルチパスの影響は受け難く、逆に分離した反射波の信号も加算する技術もあって有利に働きます。

最近話題のOFDMと言う変調方式がありますが、この方式は単純に言うと多数のキャリアを並べて変調するようなもので、従って一つのキャリアに載せるデータの伝送速度がキャリアの数に反比例して減少できるため、マルチパスの影響に対して有利であると言われていて、D-STARの将来的な研究課題と思われます。

このように現在では車などによる高速移動からの高速データ通信は困難な技術ですが、将来的には実用化できるようにしたいものです。