ソニーがデジタル圧縮技術「ATRAC」を開発MDに採用

MD開発の3要素技術の1つであるデジタル圧縮技術「ATRAC」(Adaptive TRansform Acoustic Coding)"アトラック"とは、どんなものなのか。CDの規格は、リニアPCM、サンプリング周波数44.1kHz、ビットレート1411.2kbps、量子化ビット数16bitという仕様になっている。これで直径12㎝のディスク片面に2チャンネルステレオの74分間の録音が可能だった。一方、ATRACはソニー独自の方式で、QMF (Quadrature Mirror Filters:直交ミラーフィルタ) とMDCT(Modified Discrete Cosine Transform:変形離散コサイン変換)が利用されている。ビットレートはステレオ録音時292kbps、モノラル録音時146 kbpsで、これでCDと同等の2チャンネルステレオ録音時間を実現しようと言うもの。エンコードは、QMFに2回通し、帯域ごとに3分割する。最初の通過で高音域 (11.025~22.05kHz) を分離し、2回目は残った音域を低音域 (0~5.5125kHz) と中音域 (5.5125~11.025kHz) に分離する。分離した各帯域でMDCTを行うのだが、初期の頃は記録ビットレートに割り当てる割合が低く、音質面で劣っていた。

MDは磁界変調方式を採用。ポータブルオーディオ用として最適

このため音質面での評価が悪く、出足はパッとしなったが、改善が進むにつれ、その長所であるコンパクトさと簡単にデジタル録音が出来るメリットが評価されていった。また、MDは磁界変調方式を採用していたため、光ディスクの欠点であるディスクの傾きによる読み取り不具合がCDやコンピュータのデータ用MOなどに比べ大幅に少なくなる長所があった。これは、複雑なメカや高度な制御装置が不要となるので、コストダウンが可能となり、パーソナルオーディオ用としては大きなメリットとなる。加えて、記録時にレーザー光は照射し続けるが、磁気ヘッドは記録しているだけ電流を流せばよいので、消費電力が少ない特徴もパーソナルなポータブルオーディオ用として適している。

レーザー光の反射状態が変化するカー効果を利用して録音・再生

MDの記録方式はCD-Rのようにディスク面にピットを作る方式ではなく、カー効果を利用したもの。ディスクの磁性膜は磁化された部分と、そうでない部分でわずかにレーザー光の反射状態が変化するカー効果をうまく使っている。ただし、大量生産する市販ソフトのミュージックMDは、スタンパーで簡単に量産できるピットによる録音をしてあるので、録音・再生タイプのMDレコーダーや、MDプレーヤーはピットとカー効果による反射光の変化の両方を読み取る必要がある。

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録音・再生用MD(右:表 左:裏)

CDの生産設備を使ってミュージックMDを生産可能

ミュージックMDは、CDと同じ大きさのピットと、ピット列間隔で構成されている。このため、音楽ソフトを作るレコード会社は、既存のCDの生産設備をそのまま使ってミュージックMDを生産でき、新たな工場や生産ラインを造る必要が無い。そのためミュージックMDに参入しやすく、MD普及の基盤が整いやすくなるのもメリット。さらに、低価格化可能なのはMDの構造が比較的簡単なこともある。シャッター付きのカートリッジにディスクを収めた保護機能を持ちながらわずか7点の基本部品で出来ている。シャッターはMDディスク保護のため単体では閉じているが、MDプレーヤーやMDレコーダーに挿入する時に開いて再生や録音が可能となる。

MDを構成する基本部品は7点と少なくコストダウンが可能

MDを構成する基本部品は、ディスク、アッパーシェル/ロアーシェルで構成されるカートリッジ、書き込み防止用ライトプロテクター、シャッター、シャッターロック、ディスク中央にある固定用のクラッピングプレートの7点。再生だけのミュージックMDでは、当然のことながら書き込み防止用ライトプロテクターは不要となるので6点の部品だけでよくなる。通常、アッパーシェル/ロアーシェルは融着し一体化するのでネジ止めする必要も無く、ねじりなどに強く、多少乱暴に取り扱われても壊れにくい。

MDのディスクの材質はCDと同じポリカーボネイト製で、レコーダブルMDは保護膜や磁性膜、誘電体膜、反射膜なども含めて厚みも1.2mmと同じである。ただ、ディスク中央の金属で出来ているクラッピングプレートがある部分は2mmの厚さになる。録音用のMDには、CD-Rのようにピックアップを案内するプリグルーブと呼ばれるガイド溝が設けられている。プリグルーブはわずかに蛇行しており、トラッキング制御を行っている。プリグルーブは、トラックピッチ1.6ミクロン、溝幅1.1ミクロンで、ここにアドレスを記録している。このアドレスを使って編集や録音・再生時ランダムアクセスを可能としている。なお、MDの規格ではディスクの直径は64mmとなっているが、再生専用MDは確かに64mmであるが、録音用MDでは最大74分間の録音ができるように若干大きい64.8㎜となっている。

MD中心部のTOCに記録内容のデータが書き込まれる

MDの記録は、インフォメーションエリアと呼ばれる部分で行われ、中心部分にはリードインエリアがあり、TOC(Table Of Contents)と呼ばれる、記録内容を示すデータが書き込まれる。再生専用のMDではTOCの外側にプログラムエリアがあり、最外周部にはリードアウトエリアが設けられている。また、録音用MDでは、中心部のリードインエリアの外側にレコーダブルエリアがあり、内周側からU-TOC、プログラムエリア、リードアウトの順となっている。ハイブリッドMDの場合は、さらに細かなエリアに分類されているが、ここでは省略したい。

参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、「MDのすべて」(電波新聞社)ほか