エレクトロニクス立国の源流を探る
第182回 日本が生んだ世界的エンタテイメント“カラオケ”第7回
ビデオディスク規格のデファクトスタンダード戦いでカラオケが主戦場に
VTRに続く次世代の映像メディアとしてランダムアクセスが可能で量産可能なディスク形状の新しいメディアが1970年代後半頃に各社が開発していた。VTRと異なりディスク形状であることから、LPレコードのようにスタンパーで量産可能な点が映画ソフトや音楽ソフトへ利用しやすくなる。また、企業などの研修用、PR用など産業用としても注目されていた。アメリカ国内で1978年にマグナボックスが家庭用の“マグナビジョン”「VH-8000」を発売した。また、パイオニアもアメリカで1979年に業務用の「PR-7820」、1980年には民生用の「VP-1000」を794ドル(当時のレイトで約164.000円)で発売した。当時はこのディスクメディアがカラオケ市場において重要な役割を果たすことは想像もしていなかったが、後にビデオディスク規格のデファクトスタンダード戦いでカラオケが主戦場となって行った。まさにディスク形状の映像メディアは映像カラオケ用として生まれてきたかのようにベストマッチしていたのである。
日本ビクターと松下電器が共同記者会見を行いVHD を発表
こうしたアメリカの状況を見て取った、日本ビクター(現:JVCケンウッド)と松下電器(現:パナソニック)は1980年1月、共同記者会見を行い日本ビクターが開発したビデオディスクVHD (Video High Density Disc)を発表した。松下電器も独自のビデオディスクであるVISCを発表していたのだが、これを放棄してまでもVHDを採用することでパイオニアのLDプレーヤーに対抗しようとしたのである。このVHDは日本ビクターが独自に開発、1978年に発表した“日の丸方式”のビデオディスク規格で、特徴は溝なし静電容量方式と呼ばれるもの。接触式センサーでディスク表面の信号を読み取る。LDが非接触の光学式であったのに対し、接触式のためセンサーやディスクの摩耗が懸念されたのが不利な戦いの要因となった。むろんLPレコード再生の様な高い針圧ではなく、ディスク表面には潤滑層で覆われており寿命が長持ちするように工夫されていた。またディスクはキャディ(ケース)に封入されており、傷やほこりが着かないようになっていた。
“1対13”の戦いとなったビデオディスク規格
LDとVHD、2つのビデオディスク規格が登場したわけだが、先の家庭用VTRの規格争いでは自陣営に加わる企業数(ファミリー)の多いことが有利に戦う上で重要なポイントだった。当然ビデオディスクにおいてもこのファミリー戦略が重要なことは言うまでもない。しかし、ビデオディスクの場合はLDのパイオニア1社対VHD連合軍13社の戦いとなり、数の上では圧倒的にVHD陣営が有利だった。この戦いについては「パイオニア1 VS 13の賭け:[ドキュメント]孤立からの逆転」(新井敏由紀著 日本能率協会)に詳しく記されている。VHDファミリー13社とは、本家の日本ビクター他、松下電器、東芝、三洋電機、シャープ、三菱電機、赤井電機、オーディオテクニカ、山水電気、ゼネラル(現:富士通ゼネラル)、トリオ(現:JVCケンウッド)、日本楽器製造(現:ヤマハ)、日本電気ホームエレクトロニクス。また、海外の企業では米国のGE、英国のソーンEMIが加わった。
LDの原点はフィリップスのVLP(Video Long Play)方式
もともとLDはフィリップスが1972年にVLP(Video Long Play)方式を発表したのが始まり。それに続いて同年末にMCAがデイスコビジョン(Disco Vision)を発表したが、両社は1974年に2つの規格を統一しフィリップス/MCA方式として発表した。最初に製品化したのはアメリカのマグナボックスで1978年にマグナビジョン「VH-8000」を発売している。パイオニアがLDに関わりを持つようになったのは、パイオニアとMCAの合弁会社であるユニバーサルパイオニア社がアメリカ市場で1979年に業務用のプレーヤー「PR-7820」を発売してからである。そして1981年に日本国内で「LD-1000」を発売している。
先進的なイメージを与えたネーミング「レーザーディスク“LD”」
LD対VHDのデファクトスタンダード争いは1対13のハンディを覆し最終的にはLDの勝利となったわけだが、LD勝利となった要因は幾つかある。まず、VHDの摩耗問題である。ユーザーにとってはLPレコードなどでディスクや針の摩耗で音質が劣化したり雑音が出たりした経験があるだけにVHDの摩耗問題は購入に二の足を踏む要因となった。これに対してLDはレーザー光線を使って光学式センサーで読み取る方式であったため摩耗もなく、先進的なイメージをユーザーに与えた。またネーミングも単に「光ディスク」ではなく、マーケティングの専門家の意見を取り入れ「レーザー光線を使っているのだから“レーザーディスク”とした方がインパクトがある」と言うことで、ネーミングにおいてもより先進的なイメージをアピールした。さらに画質面においては、VHDの水平解像度が240本程度であるに対し、LDは400本以上と優れていたのも映画ソフトや映像カラオケソフトへの利用において有利に働いた。
また、VHDファミリーは13社と圧倒的多数だが、実際にVHDプレーヤーを本気で開発、商品化しようとしていた会社はそれほど多くなくOEM供給を受けていたものが多かった。時流に乗ったというかVTRにおけるファミリー戦略に習い、乗り遅れないようにしただけといった側面も有ったようだ。
参考資料:一般社団法人 全国カラオケ事業者協会HP、レジャー白書、JASRAC(一般社団法人 日本音楽著作権協会)、カラオケを発明した男(大下英治著 河出書房新社)、カラオケ秘史(烏賀陽弘道著 新潮社)、カラオケの科学(中村泰士著 はまの出版)、カラオケ王国の誕生(朝倉喬司著 宝島社)、笑う科学イグ・ノーベル賞(志村幸雄著 PHP研究所)、外国語になった日本語の事典、 日本ビクターの60年(日本ビクター編)、「SOUND CREATOR」(パイオニア編)、他