レーザーカラオケ、VHDカラオケ、CD+Gカラオケなど映像カラオケ時代に入る

1985年以降もレーザーカラオケとVHDカラオケの戦いが続いて行く。さらに、絵と歌詞が出るCD+G(CDグラフィックス)がカラオケで本格的に利用されるようになる。動画と歌詞が表示される本格的な映像カラオケであるレーザーカラオケやVHDカラオケに加え、静止画ながら画像と歌詞が表示され、コンパクトで価格も安いCD+Gカラオケが発売されたことで、カラオケを楽しむ幅が広がって行った。特に資金力や映像カラオケの設置スペースが限られている小さなスナックやバーなどではCD+Gカラオケは歓迎された。

オートチェンジャーカラオケや家庭用レーザーカラオケが登場

1985年のカラオケ関連製品の発売では、パイオニアが家庭用レーザーカラオケ「LK-55」を発売している。レーザーカラオケを業務用市場だけでなく家庭にも普及させようとした製品として注目される。また、パイオニアでは30cm型レーザーカラオケ「LD-V15」も発売している。日本ビクターでは、VHDカラオケ「VK-5500」、「VK-6000」、さらには60枚収納のVHDオートチェンジャー「VK-9000」も発売してVHDカラオケのラインアップを強化している。また、ビクター音楽産業は、CD+Gカラオケソフト「CDGX-1000シリーズ」を発売した。

業務用カラオケにおいては、第一興商が30cmLDカラオケソフト「LPCシリーズ(28曲入り)」と、CDカラオケソフト「DKシリーズ」を発売。日光堂はLDカラオケソフト「NKLシリーズ」を日活との共同企画として発売している。これは前年に日活が発売したポルノバージョンソフトが人気を呼んだことを反映しているようである。また、T&MではVHDオートチェンジャーカラオケ「AVA」を発売している。カラオケ市場は、レーザーカラオケ、VHDカラオケ、CD+Gカラオケとカラオケメディアの多様化が進む一方、単体システムやオートチェンジャータイプとハード面でもバラエティ豊かになって行く。

貨物用のコンテナを利用したカラオケボックスが登場

そしてカラオケの歴史において画期的なことが起きたのも、この年だった。それは岡山県で貨物用のコンテナを利用したカラオケボックスが登場したことである。これは、1983年に東芝EMIが発売した歌詞(テロップ)が曲の進行とともに色変わりしていく「TVLシリーズ」の登場と共にカラオケ史上、画期的な出来事となった。つまり、映像カラオケの登場によって歌詞カードを不要とし、誰でも手軽にカラオケを楽しむことができるようになり、カラオケ愛好家の増加に大いに貢献した。そして、カラオケボックスの登場はカラオケによる騒音問題の解消へと結びついて行った。また、カラオケ市場がスナックやクラブなどのナイト市場から、昼間でも楽しめるようになり、酒を飲めない若者世代へと拡大することにつながったのである。

カラオケボックスの発祥に関しては諸説あり、東南アジアの国でカラオケボックスが最初に使われたのが始まりという説もある。また、1984年に栃木県で廃船を陸揚げしたものを使ってカラオケに利用していたのが先などの説もある。しかし、全国カラオケ事業者協会のホームページにでは1985年に岡山に貨物用のコンテナを利用したカラオケボックスが登場したのが始まりと記されているので、これをもってカラオケボックスが初めて登場したとしてもいいだろう。そのカラオケボックスは食堂を経営していた佐藤洋一さんが岡山市郊外の産業道路に面した土地にコンテナを利用した弁当屋、うどん屋と共にカラオケボックスも経営していた。これが一般に認知されたカラオケボックスの始まりと言えるだろう。

カラオケボックスは大人気で順番待ちの行列が出来るほどだった

佐藤さんの弁当屋とカラオケボックスはコンテナを黄色く塗っていたので道路を通る車からも目に付きやすく大いに繁盛したと言う。特にカラオケボックスは大人気で順番待ちの行列が出来るほどだった。そのため電話で予約を受けることにしたが3時間待ち~5時間待ちは当たり前だった。カラオケを最初に発明したのは私だと言う人が無いように、佐藤さんもまた「自分がカラオケボックスを一番先に作った」とは言っていない。カラオケを作った人も、カラオケボックスを始めた人も皆、自分が一番先だということよりもカラオケ文化の発展に寄与したことで十分満足しているかのようである。このあたりの経緯については「カラオケ秘史」で詳しく紹介されているので、カラオケボックス誕生について興味のある方は是非御一読頂きたい。
 

オートチェンジャーの登場がカラオケボックを可能に

カラオケボックを可能にした技術・製品はオートチェンジャーの登場だった。CDオートチェンジャーカラオケやLDオートチェンジャーカラオケの発明があって初めてカラオケボックスが可能となった。従来のカラオケ機では客のリクエストに応えて誰かが選曲しなければならなかったが、オートチェンジャーカラオケ機では客が選曲すると自動で演奏してくれるからである。まさにカラオケボックスの誕生とオートチェンジャーカラオケ機の登場の時期はほぼ一致している。

歌詞が曲の進行とともに色変わりしていくのもカラオケボックスにはなくてはならない発明だった

そしてもう一つの技術、東芝EMIが発明した歌詞が曲の進行とともに色変わりしていくのもカラオケボックスにはなくてはならない発明だった。これについては東芝EMIが「歌詞色変わり特許」を出願している。カラオケの発明に関しては、特許を出願している人はいないがカラオケを「より使いやすくする」「より楽しくする」ための技術においては、いわゆる周辺特許がたくさんある。カラオケボックスにはなくてはならない発明たる理由は、歌詞がテレビ画面に表示され曲の進行とともに色変わりしていくことで歌詞カードが不要となりカラオケボックスにとって不可欠の技術だったからである。

東映ビデオとパイオニアが提携しレーザーディスクにしたソフトを発売

映像カラオケは東映ビデオが1980年にビデオテープを使った業務用「VTRカラオケ」を発売していたが、パイオニアからの要請もあってこの映像をそのままレーザーディスクにしたソフトを発売した。パイオニアは1982年に業務用レーザーカラオケ「LD-V10」を発売し、注文が殺到するほどの売れ行きだったが、翌年には売れ行きに急ブレーキがかかってしまった。理由は簡単、再生専用機なのに再生するソフトの数が少なかったからである。そこで東映ビデオの業務用「VTRカラオケ」に注目、協力を呼び掛けたのである。第一弾として東映ビデオの「VTRカラオケ」の映像を使った20cm盤1枚に10曲収録し、20枚で200曲分を発売した。まだ業務用レーザーカラオケの販売台数はそんなに多くないので、月間100セット売れれば上等と見込んでいた。しかし、その程度の数量ではディスクの生産ラインの規模とは合わないので、目標をやむなく500セットに変更した。ところが予想に反して発売開始直後から注文が殺到し10日間で完売してしまった。東映ビデオの業務用「VTRカラオケ」も好評だったが、レーザーディスクによる映像カラオケの人気は、それをさらに上回るものだった。これが後のカラオケボックス誕生へと結びついて行く。

写真:LDオートチェンジャーカラオケ(熊坂勝美氏提供)

参考資料:一般社団法人 全国カラオケ事業者協会HP、レジャー白書、JASRAC(一般社団法人 日本音楽著作権協会)、カラオケを発明した男(大下英治著 河出書房新社)、カラオケ秘史(烏賀陽弘道著 新潮社)、カラオケの科学(中村泰士著 はまの出版)、カラオケ王国の誕生(朝倉喬司著 宝島社)、笑う科学イグ・ノーベル賞(志村幸雄著 PHP研究所)、外国語になった日本語の事典、 日本ビクターの60年(日本ビクター編)、「SOUND CREATOR」(パイオニア編)、他