エレクトロニクス立国の源流を探る
第190回 日本が生んだ世界的エンタテイメント“カラオケ”第15回
通信回線のブロードバンド化が通信カラオケ普及を促進
通信カラオケの普及が進んだ要因としてMIDI以外にブロードバンド回線の普及がある。データ量が少なくて済むMIDIは通信速度の遅いアナログ回線でもある程度対応することはできた。しかし、1990年代に入ってマルチメディアなる言葉が世間で叫ばれるようになり、通信回線のブロードバンド化が進んで行き2000年代にはケーブルテレビや光回線の普及が進んだことで通信カラオケの全盛期を迎えることとなった。
最初の通信カラオケ発売はタイトーの「X-2000」
通信カラオケが初めて開始されたのは1992年にタイトーが通信カラオケ「X-2000」を発売してからだ。それに続いてエクシングが通信カラオケ「JOYSOUND」を、さらに1993年には、ギガネットワークスが通信カラオケ「マイステージ」を発売している。現在、通信カラオケ「DAM」でトップシェアの第一興商は、LDカラオケ、集中管理システムなどの市場で高いシェアを持っていたことが通信カラオケ市場への参入を遅らせるという皮肉な結果となってしまった。その結果、第一興商が通信カラオケ市場に参入するのは1994年に発売した通信カラオケ「DAM」の発売であり、業界他社に比べて遅れてしまった。
初期の通信カラオケは一般の電話回線を使用
初期の通信カラオケのMIDIデータ伝送には一般家庭にあるアナログの電話回線を利用した高速デジタルデータ通信技術ADSLが使われた。ADSLとはAsymmetric Digital Subscriber Line(非対称デジタル加入者線)の頭文字で、アナログの電話回線を利用しながらも高速デジタルデータ通信が可能な技術のことである。
非対称(Asymmetric)とは、アップロードとダウンロードの理論上の通信速度が異なることを意味するもので、登りと下りでは通信速度が異なる。既存の電話回線を使用するので導入しやすくリーズナブルかつサービスエリアも広いのがメリット。反面デメリットとしては回線の収容局から距離が離れていると通信速度が低下してしまうことだった。こうした特徴が通信カラオケ以外にも、家庭などでインターネットを利用するのに適しており、プロバイダと契約しADSLモデムなどの提供を受け、電話機とADSLモデムを接続しパソコンをモデムと接続すればインターネットが利用できた。
通信カラオケスタート時は音源の質などに問題が
しかし、通信カラオケがスタートしても始めからすべてが旨くいっていたわけではない。音源が本来の楽器のリアルさを出せるか、データ量と通信速度の関係、映像と楽曲とのマッチング、バックコーラスのある楽曲はデータ量が大きくなってしまうなどの問題が残されていた。ADSLに代えてデジタル通信網のISDN(Integrated Services Digital Network)を使うことも可能だがカラオケ店の電話番号を変える必要がありスナックなどのナイト市場では導入が難しかった。
MIDI技術に熟練したミュージシャンが少ないこともネックに
さらに、カラオケソフトを作るためのMIDI技術に熟練したミュージシャンが少ないこともネックとなった。またMIDIデーダを作るシンセサイザーの音質レベルにも不満があり、LA(Linear Arithmetic)音源ではコンピューターぽい不自然な音楽となってしまう。その後、実際の楽器からサンプリングし、より楽器の音色に忠実なPCM(Pulse Code Modulation)音源のシンセサイザーが発売され不自然な音の問題は改善されていった。また、楽曲と背景の映像の不一致などの問題は映像を収録するHDDの容量アップが進んで行き動画収録数がアップ、徐々に楽曲にマッチした映像とのカップリングができるようになって行った。
通信カラオケ普及の最大の貢献者はカラオケボック
そんなわけで通信カラオケが発売されても、スナックなどナイト市場ではLDオートチェンジャーカラオケを使用するところが多く、通信カラオケを導入してもLDカラオケと通信カラオケの両方使う店が多かった。ナイト市場は年配者が多く、歌う楽曲も往年の歌謡曲や演歌が多かったので収容する曲数はある程度LDで間に合ったことで、画質・音質に優れたLDカラオケが活躍する余地があったと言える。一方、若者が多いカラオケボックは新曲を如何に素早く提供できるかが重要になるだけに、通信回線で供給できる通信カラオケは、まさに最適なカラオケシステムであり短期間で急速に普及して行く要因となった。
FTTH普及で通信カラオケがより普及しやすくなる
やがて光回線FTTH(Fiber To The Home)が普及し始めると通信速度は格段に速くなり大きなデータ量の送信も容易になる。光ファイバーを伝送路に100Mbps~10Gbpsの広帯域常時接続サービスが可能となる。またCATV(ケーブルテレビ)が普及し始め高速通信網が広く一般家庭まで広がって行ったことも通信カラオケ普及にはプラスとなった。総務省は2004年に「ブロードバンド・ゼロ地域脱出計画」を打ち出したほか2006年に「次世代ブロードバンド戦略2010」を発表した。2010年度までにブロードバンドの世帯カバー率を100%に、FTTHの世帯カバー率を90%にすることが目標としたもの。こうした様々な要因も重なって通信カラオケの普及が進んで行った。
参考資料:一般社団法人 全国カラオケ事業者協会HP、レジャー白書、JASRAC(一般社団法人 日本音楽著作権協会)、カラオケを発明した男(大下英治著 河出書房新社)、カラオケ秘史(烏賀陽弘道著 新潮社)、カラオケの科学(中村泰士著 はまの出版)、カラオケ王国の誕生(朝倉喬司著 宝島社)、笑う科学イグ・ノーベル賞(志村幸雄著 PHP研究所)、外国語になった日本語の事典、白鵬大学論集(柳川高行氏)、文化庁HP、日本ビクターの60年(日本ビクター編)、「SOUND CREATOR」(パイオニア編)、他