[コリンズと出会う]

その頃の淺海さんは、少しでも良い音を出そうと、雑誌記事などを参考にしてTS-510をいじっていた。関連雑誌は読みあさったが、すごいなあと思った人はJA1ACB難波田さんだったという。「世界が違うという感じでした。豊富な知識だけでなく、自ら沢山の実験を行っておられ、それがベースになって記事を書いていらっしゃった」、「それら多くの記事は『アマチュア無線の新技術』という本となって出版されましたけれど、何回も読みました」、「SWAのメンバーの中では、敢えてコールは出しませんがJA1の某OMのことが忘れられません。軽妙な語り口も、ワッチしていて飽きませんでした」と話す。

そのOMは、当時、コリンズのKWS1でオンエアしていたが、「音が非常に綺麗で深みがありました。サイドの広がりも普通の局の電波とは桁違いに綺麗でした」と話すように、何度もOMのSSBを聞くうちにどうしてもKWS1が欲しくなった淺海さんは、最後にはOMに頼んで、1973年に米国で買ってきてもらった。このKWS1が、淺海さんが始めて手にしたコリンズであった。もちろん受信機の75A4も同時に購入し、ここから淺海さんのコリンズとの出会いが始まった。

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初めて購入したコリンズ・KWS1。

[コリンズを集める]

淺海さんが所有するコリンズの無線機や周辺機器で、日本国内の販売店から購入したものはほとんどなく、大部分は米国の販売店や個人から購入したものであった。とは言っても現在の様にネットオークションがあるわけでもなく、購入にあたって参考にしたのは、俗にイエローシートと呼ばれた売買情報のニュースシートだったり(これは米国からの送料+アルファ程度の安価で購読できたという)、QST誌の売買欄であった。

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同じく75A4。

ただし写真は載っておらず、機器の状態は売る人の主観的な判断で、「ニュー」、「ライクニュー」、「ミント」、「エクレセント」、「グッドコンディション」などといった文字で表現されており、それを基準に相手を信用して取引するしかなかったが、信用する目安として、淺海さんは売り主が自分のコールサインを掲示していることを最低条件にした。気の向いた時に1台ずつ買い足していったが、「だまされたなと感じたことは一度もありませんでした」と話す。

では、淺海さんが購入した機械ですべてハッピーだったかというと、1台だけダメなものがあった。そのセットは、蓋のヒンジが接着剤で止められていた。そのため、売り主にクレームを付けたところ、小切手でいくらか返してもらえた。「それでもコリンズの取引は、他の取引に比べると、よほど良いと思います」と話す。ちなみに、現在では、CCA(コリンズ・コレクターズ・アソシエーション)が、機器の状態の基準を決めて発表しており、そのガイドラインに従って、程度の表記がされていることが多く、しかもネットオークションなどでは、写真で現物を確認できるので、まったく別物が届くということは少なくなっているそうである。

その他には、米国出張に合わせて、ローカルのハムベンションなどに行った際、その場で現物を見て買ったこともある。そんな時は、代金を支払って日本の住所を伝えておくと、帰国したときには現物がすでに自宅に到着していたりで、送ってこなかったという事故もなかった。「コリンズの現地購入と言えば、米国最大のデイトンハムベンションを想像する方が多いと思いますが、デイトンには最近まで行く機会がありませんでした」と淺海さんは話す。

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1995年頃の淺海さんのシャック。Sライン中心のレイアウトになっている。

[コリンズをいじる]

淺海さんの場合、コリンズでオンエアすることも大好きだったが、内部をいじることも楽しんだ。「今はDSPになってどの機械も同じような音がしますが、当時はアナログでしたので、1台ずつ微妙に違いました。」「たとえば、コリンズのSラインのSSB用フィルターの帯域幅は公称2.1kHzですが、それでもそこそこいい音がします。それを、まずは2.4kHzとか2.7kHzの帯域幅の広いものに取り替えて、いわゆるハイファイの音を出そうとしましたね」、「オーディオ段をいじったり、あとはキャリアポイントを一番良いところに持って行くように調整したりしました」、「やっている内に訳が分からなくなってしまったこともありましたけど」と笑う。

フィルターを吟味しだすと、スカート特性と群遅延特性が気になりだした。SSBとAMとで音が大きく違うのはフィルターの群遅延特性の為で、これはフィルターを通過する音の成分により位相のずれが発生して、フィルターを通過した後の信号が、通過する前の信号から若干変化してしまうというもので、「音楽を受信したら群遅延特性は1発で分かります。私自身は、JA3WAO加川さんがお書きになったフィルター特性の中の群遅延特性についての記事を読んで、初めて知ったのです。正直に言えば、最初は良く理解できなかったし、信じられないような思いでした。ご本人に直接聞いたりして、それでようやくボンヤリと感覚的に理解したのですが、何故か凄くショックだったのを思い出します。」と話す。

「音質を考える場合にはキャリアポイントを変えることは、誰もが最初にやることの一つです。普通は、キャリア発振はクリスタル発振器で行っているため、実験をしようとすると沢山の水晶発振子が必要になります。最初は、なけなしの財布をはたいて良さそうな周波数を推定して特注していました」と続ける。

ある時、SWAメンバーの一人が、コリンズのR390に使われているBFO用のPTO(周波数可変発振器で、コリンズ社での通称)を使って実験すれば簡単だよ、と教えてくれた。淺海さんはさっそくそれを借り、一番音が良いと思うところに周波数を調整して、その周波数をカウンターで測定し、その周波数の水晶発振子を注文した。「最初の頃は、そのような知恵もなく、そこに行き着くまではずいぶん寄り道をして、文字通り、カットアンドトライでしたね。同じ型番のフィルターでも最適のキャリアポイント周波数は違うので、随分沢山の水晶発振子を特注しました」、と話す。

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上部カバーを開けて調整中のKWS1。

[618T]

「話は変わりますが、SSBの創世期に、コリンズのオーナー、故アーサーコリンズさんが、KWS1と75A4を空軍機に搭載して世界を回り、SSBが如何にすばらしいモードかを米国の軍首脳部にデモンストレーションしたのは有名な話ですが、日本にも飛んできたそうです。確か、先述のJA1ACB難波田さんは交信しているとか」、「このこと自体、アマチュア無線の歴史で大変なことだと思いますけれど、その技術が同社のジャンボジェットなどの航空機用のトランシーバー618Tなどに活かされていることも凄いなと思います」、「現在は、この618Tの払い下げ品が、アマチュア無線用としても市場で売買されています。僕には夢のような話です。軽量化が命の航空機に積む際にトランスが小さくて済みますから交流電源は400Hzです。これがネックでチョット手を出しにくいのかな」、と淺海さんは説明する。

旅客機のパイロットが勤務中にアマチュア無線を運用することはさすが聞いたことがないが、カーゴのパイロットの場合は、暇な時間にアマチュアバンドに出てくることがあるらしい。淺海さんも何回か飛行中のパイロットと交信したことがあるが、「おそらく618Tを使っていたのでしょう」、と話す。