[コンベンション2日目]

コンベンション2日目となる11月20日は朝8時30分にホテルのロビーに集合し、用意されたマイクロバスでバンダルスリブガワンの市内観光を行った。この日は天気が良くかつ湿度が低かったため、「気温30℃というのに長袖シャツでもそんなに違和感がありませんでした」と海老原さんは話す。

マイクロバスは、最初にオマールアリサイフディーンモスクに向かい、全員で記念写真を撮った。このモスクは1958年に第28代スルターンのオマールアリサイフディーン3世の命により設立されたもので、神を見下ろすことのないように、このモスクよりも高い建物の建設は法律で禁止されているという。この時の六ツ切りサイズに引き伸ばされた写真は帰国時に6ブルネイドルで希望者に販売され、海老原さんも1枚購入した。

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参加者全員でのスナップ。

バスは、次に国王の宮殿イスタナヌルルイマンに向かった。ここは、1788もの部屋を持つ世界最大の宮殿としても知られており、外部からの見学だけだったが、イギリス人ガイドの説明では、国王は車好きで知られたおり、所有している車は600台あり、その全部がすぐにでも動かせる状態で整備されているとのことだった。

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ブルネイの王宮。

その後バスは、ロイヤルレガリア(王室宝物資料館)に向かった。この資料館はアラビアンナイトに出てくる様な曲線美と色彩の素晴らしい建物だったが、内部は撮影禁止のため入口でカメラ類を預けなければならなかった。また、女性は資料館で貸してくれる黒いガウンを羽織らないと入場できなかった。この日のランチは大きな河に面したレストランで、タイ料理が準備されていた。もちろんアルコールは抜きで、代わりに各種トロピカルジュースが出てきた。

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ロイヤルレガリアの前で。

[水上集落]

昼食後は3時間のフリータイムが取られていたので、海老原さんらは水上タクシーをチャーターして、世界で一番規模が大きいと言われている水上集落カンポンアイールを約2時間かけて見学した。「バンコクなどにも水上集落はありますが、どちらかと言えば、下層階級の人たちが居住しています。しかし、バンダルスリブガワンの水上集落は高額所得者層が居住しており、約4万人の人口があるそうです」と海老原さんは説明する。

この水上集落には、上下水道(水洗トイレ完備)、銀行、郵便局、学校、病院、モスク、水上ガソリンスタンド、なども完備されている。対岸の陸地との往来は水上タクシーを利用するが、一回の利用が1ブルネイドル(当時のレートで約63円)であった。

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水上集落「カンポンアイール」。

[ブルネイと日本]

水上集落の見学後、まだ少々時間があったので、海老原さんは近くのショッピングモールで買い物をした。「物価は結構安かったです。日本では5000円ほどしそうな、ブルネイでは正装時に着用する、絹製でサイドベンツの入ったカラフルな長袖シャツが20ブルネイドル(約1260円)だったので、息子への土産に5枚ほど買いました」、「また写真のフイルムは外国では高いと聞いていたのですが、コニカ製の36枚撮りで550円と日本よりも安かったです」と話す。

海老原さんが、隣に置いてあったコダック製を買わずにコニカ製のフイルムを買ったところ、「日本から来たのですか」と尋ねられた。店員と話のきっかけができたので、少し話をしてみたところ、やはり日本人は珍しいとのことで、「何をしにバンダルスリブガワンまできたのですか」と逆に質問された。ブルネイでの大半の電化製品や自動車は日本製で、日本の事は良く知っている様子だった。ちなみにブルネイでの使用言語はマレー語と英語だが、公用語が英語のため、国民はみな英語に堪能だった。

[ガラディナー]

市内観光が終わると、19時30分から、今回のメインイベントであるガラディナーが始まった。このディナーはハジサワリボルキア皇太子が列席することになっており、そのため男性の参加者はできるだけスーツを着用するようにと、すでに日本を出発する前から案内されていた。会場に到着すると、舞台の袖でホテル専属のバンドが生演奏していた。主催国のブルネイからの参加者や隣国マレーシアからの参加者は、色鮮やかな民族衣装が多く、日本からも数名の女性が着物姿で出席しており、写真のフラッシュを浴びていた。

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ブルネイの民族衣装による舞踊。

定刻よりやや遅れて皇太子殿下が入場され、殿下により開会が宣言された。続いてV85HGハッサンさんによる歓迎の挨拶、そしてSEANETの意義や今回の参加国の紹介があった。JA8OW谷本さんが参加国を代表してJARL原会長(当時)のメッセージを英語で代読した。また、SEANETコンテストの入賞者表彰も同時に行われ、皇太子殿下から直接トロフィーが授与され、入賞者は感激している様子だった。

その後は、参加各国によるエンターテイメントが順番に披露された。「内容は自国の歌が多かったのですが、ある東マレーシアの局は素晴らしい詩の朗読を披露、フィリピンのDU7ESFユーフェミオさんは自国の歌を独唱したのですが、たまたまホテル専属のバンドメンバーがフィリピン出身者であったため、急遽生バンドによる演奏が付き素晴らしい演出になった。日本の順番が回ってくると、事前に歌詞カードを全員に配布し「スキヤキソング」を30人ほどで合唱した。日本以外の参加者の多くも口ずさんでくれた。

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日本からの参加者は「スキヤキソング」を合唱。

「アルコール抜きでこれだけ盛り上がるとは想像もできませんでした」と海老原さんは話す。盛り上がったディナーも23時過ぎに終宴となったが、開会の挨拶の後はすぐに退席されると思っていた皇太子殿下が、最後まで会場にいたのに海老原さんは大変驚いたという。写真のリクエストにも快く応じてくれ、「大変気さくな殿下と感じました」と海老原さん話す。このコンベンションの様子は翌21日夜のTVニュースで放映されたが、皇太子殿下の後ろの席に陣取っていた海老原さんらが度々画面に登場した。

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皇太子殿下(前列右)とV85HGハッサンさん(前列左)とのスナップ。

このディナーで、SEANETコンベンテョンの催しは全て終わったが、わずか120ブルネイドル(約7500円)の会費でこれだけのことはとてもできないだろうと思えるほど、素晴らしい内容のコンベンションだった。海老原さんは、地元ブルネイ各局のホスピタリティに感謝し、翌年のタイでのコンベンションにもぜひ参加したいと感じた。「案に違わず、ブルネイはまるでアラビアンナイトに出てくる風景そのままで、本当に素晴らしい旅になりました」と話す。