[出発]

出発当日の6月7日になった。関西からスリランカへの直行便はないため、往路のフライトスケジュールは、まず伊丹空港から国内線で成田に飛び、スリランカ航空の便に乗り換えてコロンボに向かう予定であった。成田ではなく、タイやシンガポールを経由する選択肢もあったが、乗継ぎ時間のロスと、それにスリランカへ行くのだからスリランカの航空会社を利用しようと言うことになり、成田経由を選んだ。

海老原さんら15名は、伊丹空港8時発の全日空便で成田空港に向かうため、午前7時に集合した。海老原さんにとって伊丹空港に7時集合というのはかなりきつく、それでも早起きして、いつものMKシャトル便を使って自宅を出発したが、途中渋滞などが全くなく6時には伊丹空港に到着した。しかし、羽曳野市に住むJA3DBD宮本さんとJF3KKE出崎さん夫妻が到着しない。高速道路での事故による渋滞に巻き込まれたとのことで、最悪新幹線で追いかけることも考えたとのことだったが、なんとかぎりぎり搭乗便に間に合った。

成田空港には定刻の9時10分に到着した。スリランカ行きは13時20分出発のため待ち時間が4時間もあったが、関西からこの便に乗るためには、8時伊丹発の成田行きに乗るしか選択肢がなかった。そのため、成田空港では小グループに分かれて朝食に行ったり、免税店を見て回ったり、ロビーでおしゃべりしたり、寝不足の参加者は仮眠したりして時間をつぶした。

[セキュリティチェック]

出発の2時間前になったので、海老原さんらはスリランカ航空のチェックインカウンターの前に並んだ。すると、すでにX線検査器で荷物のチェックを受けているのにも関わらず、男女ペアの空港警備員がやってきてスーツケースを1列に並べ、「全て開けて下さい」と指示を出した。警備員はスーツケースの隅々までチェックを行ったが、日本国内の空港でそれだけ厳しい検査を受けるのは初めての経験だったため、皆驚いたという。

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成田空港では厳しいセキュリティチェックを受ける。

「これから行く国がテロ多発国であることを考えれば理解はできましたが、まさか成田であの様な厳しいチェックを受けるとは思ってもいませんでした」と海老原さんは話す。帰国時のコロンボ国際空港での検査がそれ以上厳しい事になるとは、その時点では知る由もなかったが、帰路はまず飛行場に入るまでに数回の検問があって車の底までチェックされたという。

[機中にて]

スリランカ航空UL455便は定刻よりやや早く、13時10分に成田空港を離陸した。機材はエアバスA-340で、シート配列は2席/4席/2席だった。機内は空席が目立ち、海老原さんは食事などの機内サービスの時間を除き、飛行時間約9時間のほとんどを4人席の1列全部を独り占めし、肘掛を上げて足を伸ばして横になっていたため、疲れることなくコロンボに到着した。

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機内では空き席が目立った。

また、機内食は美味しく、客室乗務員の女性が上下セパレートになった民族衣装のスリランカサリー姿で接客してくれるなどサービスが良かった。その2年前までスリランカ航空はエアランカ航空という名称の国営の会社だったが、2001年当時は民間に経営が移っていたため、サービスを重視している姿勢が伺えたという。

[コロンボ国際空港に到着]

現地時間19時30分、約9時間の飛行でほぼ定刻どおりにコロンボ国際空港に到着した。 日本時間では午後22時30分である。コロンボ国際空港では、搭乗や降機のために飛行機を横付けできるボーディングブリッジがないので、タラップで一旦地上に降り、バスに乗ってターミナルビルへ移動した。乗客は200人未満だったが、海老原さんらのグループ15人と、現地人と思われる乗客数人を除いた他の乗客は、何と全員がモルディブ行きの便への乗り継ぎターミナルに移動して行った。

入国審査場へ向かった海老原さんらの一行と、ガイド役として大阪から帯同してくれたスリランカ人1名は、参加者の中の一人JQ3DUE池田さんを入国審査場の前で待った。池田さんは車いすであるがため、最後に降機して空港職員が入国審査場まで連れてきてくれることになっていたが、池田さんがなかなか現れず、20分くらいが経過した。

入国審査の職員は海老原さん達だけのためにカウンターで待機しており、多人数が入国審査場の前でたむろしているのを不審に思ったのか、銃を携帯した警備兵が早く入国審査を受ける様にと催促にやってきた。「池田さんがまだ来ないので彼を待っている」と伝えたところ、ここにいる者だけでも先にパスポートチェックを受けて、荷物検査場へ移動せよ、池田さんには空港職員が付き添っているので大丈夫だとの指示を受け、それに従った。

パスポートチェックは簡単に済み、質問などは全くなく通過できた。次に荷物を受け取るためにターンテーブルへ向かったところ、荷物はすでに出てきており、すぐに受け取ることができた。ここに空港職員が池田さんを乗せた車いすを押してきてくれた。池田さん本人の車いすは機内預け荷物として扱かわれていたため、その場で航空会社の車いすから、本人の車いすに乗り換えた。本人の車いすで飛行機に搭乗できないのは、車いすのパイプの中にナイフや爆薬などを隠し入れることを防止する意味とのことだった。ここでようやく全員が揃い、荷物検査場に向かった。

[手荷物の通関検査]

いよいよ一番厄介と思われた通関になった。単なる観光での入国なら、スーツケースを開け係員の気の済むまで検査をさせればよいが、いつものことながら、海老原さんらの手荷物には無線機をはじめ、電源、同軸ケーブルやアンテナなどが梱包されているからだった。 カートを押して検査台に近づくと、係員がスーツケース1個しか携帯していない海老原さんら数名には横の通路から検査なしで通過させてくれた。

しかし、長尺アンテナ2本の梱包箱などをカートに積んでいたJA3HXJ長谷川さんとJR3QHQ田中さんは荷物検査を受けさせられた。長谷川さんの手元にはスリランカ政府防衛庁と観光大臣から発行された無線機持込許可証があり、さらに、長谷川さんに対して下りていた4S7YHGの無線局免許を、地元旅行社のスタッフが通関に間に合う様に空港まで持ってきてくれていたためそれらを提示した。

夜遅い時間にも関わらず、税関係員は役所の各セクションに電話を入れて許可証と無線免許の確認を行い、確認が取れた時点で、やっと通関書類に長谷川さんがサインをして全員の入国ができた。その際、持ち込んだ無線機に課税するという話も出た様であるが、それらは全て現地に寄付するということで免除となった。この交渉は日本から帯同してくれたスリランカ人がシンハラ語でやってくれた。

全員がこの荷物検査場を通過するのに1時間以上もかかってしまったが、すべての荷物が無事に通関できた。入国した空港ロビーはうす暗く、プラスチック製の長いすがわずかに並んでいる程度で、喫茶店も売店もなかった。また満足なトイレもなく、仕方なく入ったトイレを出ると、入り口に立っていた女性からチップを要求され、10ルピー(約18円)渡したが、「有料トイレだったのか、彼女が物乞いだったのかは分かりません」と海老原さんは話す。

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コロンボ国際空港のロビーにて。