昭和35年6月30日には144MHz帯では146MHz~148MHzの2MHzが削られることになった。144MHz帯は日本ではあまり使う人がいないことから、業務用無線に使用することになったためである。有名な144MHzと435MHzの取替事項であった。私自身はこの周波数帯を使っていた。実際、144MHz帯は従来の球(真空管)では送受信機はできず、特殊な球が必要であり、容易に送受信機は組めなかった。

電波管理局はその代わりに435MHzを速やかにスポットで許可し、さらに38年の4月にはバンド(430MHz~440MHz)で許可した。JARLの会員の中には使うことのできない周波数をもらっても仕方がない、との不満も多かったが、当時の蓑妻・陸上無線課長は「今は使う人はわずかだろうが、10年もすれば2mバンドと同様に使う人も多くなる。もらっておけ」と説得された。420MHz~450MHzは当時、ミサイル探知用に使用することになっていたが、その中心部をアマチュア無線に渡し、上と下を送信と受信に使うことで合意した。JARLはこれらの周波数活用促進のため、さっそく144MHz/430MHz帯でのコンテストを行なうなどの対策も実施した。

翌39年(1964年)には1.88MHzがスポットで、41年には1.9MHz帯(1907.5~1912.5MHz)が許可された。この間、36年4月には2級にオールバンド、初級に21.28MHzが許可されている。このようにアマチュア無線再開後の約10年間には次々と新しいバンドの開放が行なわれたといえる。

昭和50年代に入るとまず、3.8MHz帯(3.793~3.802MHz)ができ、昭和56年(1981年)にはWARC-79(1979年に開かれたWARC会合)で決定した10/18/24MHzの他、40GHz以上の新バンドが加わることが確実になった。そして、翌57年には10MHz帯が4月に、1200MHz帯以上が5月に許可され、平成1年7月には18MHzと24MHzが許可されるようになった。また、この間には3.8MHz帯が5KHz拡大されて3.791~3.805MHzに広がっている。この3.8MHz帯は、さらに平成6年(1994年)に7KHz拡大されて3.747~3.754MHzとなった。最近では平成12年に1.9MHz帯に新たに1.81~1.825KHzが追加された。

周波数拡大に合わせて各社は新製品を発表した。写真は3.8MHz帯の拡張にともない平成7年にアイコムが発表したIC-775DX2。

この他、新しい通信形態としては、昭和48年にSSTV(スロー・スキャン・テレビジョン、静止画像通信)、平成10年にフォーンパッチ(通常の電話回線との接続)が許可されている。また、他人の局での運用ができるゲストオペレータ制度も平成9年に許可されるようになった。さらに、空中線電力(送信出力)の増力について触れておくと、平成3年28MHz帯が500Wまで、平成5年には50MHz帯が500Wまで使用可能となった。

現在、アマチュア無線の周波数帯は1.9MHz帯から10.1GHz帯まで16のバンドがあり、それぞれ運用モードと形態が定められている。これはモード別にすることで不要な混信を起こすのを防ぐためである。平成8年12月27日告示、平成9年4月1日に施行された当時の郵政省告示「アマチュア業務に使用する電波の型式及び周波数の使用区分」が最も新しいものであり、これを参考にしていただきたい。残念ながら、全貌は膨大すぎてここには紹介できかねるが、JARL事務所にお問い合わせいただければと思う。

JARL事務所1階の社団局と原会長。