[蔵書の整理]

野瀬さんの蔵書については連載13回に記載したが、「リグの始末と一緒で、生きている内に、本も処分しないといけないと考えています」と話す。野瀬さんは現在、3つのボランティア団体に所属しているが、その1つの「ふらっとボランティア」という名称のボランティア団体は、尾張旭市新池交流館「ふらっと」内の図書館の本の整理も活動の1つにしている。

尾張旭市では、市内4つの地区にそれぞれ公共の交流センターがあって、尾張旭市新池交流館「ふらっと」はこの1つである。「ふらっとボランティア」は、このセンターを活動の中心として、センターの敷地内にある新池の清掃などを行う「環境部会」を始め、「図書部会」、「子供部会」、「音楽部会」の4つの部会でボランティア活動を行っている。野瀬さんは、この中の「図書部会」に所属している。

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尾崎紅葉著「金色夜叉」の初版本の復刻版。野瀬さんの蔵書より。

尾張旭市立図書館は別にあるが、この交流センターでも本を借りることができようになっており、センターの蔵書は、市費で購入した本もあるものの、市民の寄贈による本を蔵書の基本としている。それ故、野瀬さんは自分の蔵書をこのセンターに寄贈する事を検討しているが、「センターに持ち込む前に、まずは自分の蔵書を整理しないと先に進みません」と話す。

それでも、無線関係の本については、一般市民からは、ほとんど借り手はないだろうし、野瀬さんが苦労して集めた、特に戦前の無線に関する貴重な本/資料は、バラバラにしても意味がないので、どう有効活用しようかと思案中である。「自宅に残しても、最終的にはゴミになるだけで、家族に迷惑をかけることになるので、いっそのこと纏めて古本屋に売ってしまうという方法も一案ですね」と話す。

[ボランティア活動]

野瀬さんが所属しているその他のボランティア団体として、まず「尾張旭国際交流会」がある。このボランティアは、尾張旭市在住の外国人(現在、1000人強)に日本語を教えるグループや、外国人の出身国の話を聞く機会を企画するグループ、さらに、外国人の指導のもとに出身国の郷土料理を作る機会を企画するインターナショナルクッキングのグループ、外国人が演奏する郷土音楽を聴く機会を企画するグループなどがあるという。各グループは、グループが企画し開催する行事を市の広報に掲載し、一般市民の参加を募集して、市民の国際化の一助に努めている。

最後の1つは、「折り紙の輪」というボランティアで、折り紙を折って養護施設などを訪問したり、図書館で子供を集めて折り紙を教えたりするという活動を行っている。「これは指先を使うので、自分自身の老化予防も兼ねています」と野瀬さんは話す。

その他、連載第11回に記載した砂漠への植林もまたボランティア活動であり、野瀬さんは、今年2009年8月に、今度は孫(長女の次男)を連れて、2007年に行ったのと同じ砂漠(中国・内蒙古自治区の西方にあるクブチ砂漠)に再度植林に行くことを計画している。「長女の長男は、同じ中国・内蒙古自治区東方の大草原に連れて行った。自分の子供にはできなかったが、孫には小学生のうちに、日本では絶対にできない経験をさせたいと思っています」と話す。

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2007年の植林ボランティアに参加して執筆した野瀬さんの記事。

このため、「2009年は、海外への移動運用を少し控えようかと考えている」、とは言うものの、「それでも、またどこかに行きたい。行き先は未定だが、海外から必死になって沢山の局とQSOをやろうとは思わないから、珍エンティティではなく、できたらレンタルシャックがあり、行きやすい所がいいです」と話す。海外から運用したい理由の一つとして、野瀬さんは、「海外から運用すると、日本国内からCQを出しても決して呼んで来てくれない日本のDXer達が呼んできてくれることから、それらの局との交信が楽しみです」と話す。

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KH2/JA2BNNを運用中の野瀬さん。

[アマチュア無線を長く楽しむために]

アマチュア無線を50年以上にわたって長く楽しめたのは、「運用だけでなく作ることも含めて、無線そのものが根っから好きだったことが一番の理由だと思います」と野瀬さんは言うが、「のべつ幕なしに電波を出さなかったことがよかったと思います」とも話す。週末、特にコンテストは一所懸命にやるが、平日は運用しない。高蔵寺の公団住宅時代など、自宅にシャックがあった時代でも、運用は週末に集中して行っていた。だから長持ちしたと野瀬さんは考えている。現在も自宅を常置場所とした移動する局の免許も受けており、「自宅(11階建マンションの11階)のベランダから釣竿アンテナを出せば数分で運用可能な状態になりますが、年に数回しか運用していません」、と話す。

「それから、開局したときから短波を主にやって来たことが大きいと思います」、「もちろん50MHzから1.2GHzまで運用はしましたが、あまり熱が入りませんでした。1960年台には、当時まだ珍しかったモービルで、50MHzとHFのCWで運用を行ったこともありましたが、今は全然やっていません。理由は、車に乗っている時まで、アマチュア無線をやる気が起こらないからです」、と話す。

野瀬さんがコンテストをおもしろいと思う理由は、「毎年リセットするので、前年勝った局が翌年勝つという保証がないことです」と話す。「DXCCに興味がないのは、古くからやっている局の方が、スコアが大きいに決まっているからです。しかし、コンテストは毎年リセットします」、「前年の結果を反省して、ソフト的にもハード的にも、翌年に向けて改善できます」「作戦やコンディションの把握など色々な要素があります。勝つために、色々と考えるのがおもしろいです」と話す。

[コンテスト以外のアクティビティ]

コンテスト以外でも、野瀬さんは、地理的に行くのが非常に難しいところのDXペディション局とは、これまでできるだけ交信してきた。例えば、ブーベ島、ピーター1世島、マルペロ島、アベス島などである。これらは簡単には上陸できないところばかりである。「DXCCをやっているわけではありませんが、このようなところのQSLは、アマチュア無線をやってきた生き様として残そうと思っています」と話す。

逆に、渡航は容易だか、政治的にライセンスが得にくい国や地域との交信には興味が無いと言う。国の状況が変化すれば、容易に交信できるようになるからである。「その最たる例がBY(中国)で、かつてはすごい珍エンティティでしたが、今は雑魚です。XU(カンボジア)、XV(ベトナム)、XW(ラオス)なども全部そうです。これらの国々も昔はすごく珍しかったですが、今では日本人による現地からの運用もあるくらいです」と話す。

[最後に]

野瀬さんの自宅には、これまでに世界各局から送られてきたQSLカードがたくさんある。これを有効活用するため、野瀬さんは、まず米国のカウンティー(郡)をチェックしようと考えている。US-CQ社が発行する「USカウンティーアワード」の申請が最終目的である。このアワードは、全米で合計3077あるカウンティーのうち、最低500個のカウンティーから運用する局と交信し、カードを得ることで得られる。

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USカウンティーアワード。

「みかんのダンボール箱一杯分ある、極端に多いW6(カリフォルニア州)のQSLカードは未整理ですが、それ以外のエリアのQSLカードを途中まで整理してみたところ、とりあえず1000カウンティー以上はありました。その他には、よみうりアワードも狙ってみたいです」と野瀬さんは話す。また、「無線の運用は、車が運転できてシャックに通える体力がある内は続けたいです。少なくとも次のサイクル24はがんばってやりたいです」、と話す。

最後に、野瀬さんは、若いハムに向けて、「無線をやる本当のおもしろさを知るべき」、「それは自分で努力して探さないとダメ」、「作ることがおもしろければそれでよい」、「移動がおもしろいと思えばそれでよい」、「アマチュア無線も多様化している現在、自分自身で自分が本当に面白いと思う、何かを見つけてください」とメッセージを送る。

(完)