アマチュア無線交信の活動は減少したが、その理由の一つはTVIなどの電波障害防止の研究に取り組んだためであった。テレビ受像機の鮮明受信とアマチュア無線による妨害は共通の基礎技術であり、研究ははかどった。その成果は「電波障害ハンドブック」「無線局障害ハンドブック」「電波障害調査用紙とその使い方」の三冊の書籍としてまとめられた。電波業界では「電波障害対策3分冊」として知られ、この種の本としてはヒット商品となり、版を重ね現在でも十分に役立つ内容である。

簡単に本の内容を紹介しておくと「電波障害ハンドブック」は、電波障害の一般的な解説と、アマチュア無線のTVIによる影響をわかりやすく解説したものである。「無線局障害ハンドブック」は、電波障害の現状とその評価の仕方、フィルターの製作など実践的対策の方法解説、さらに将来の障害対策の展望まで触れている。そして「電波障害調査用紙とその使い方」では、アマチュア無線のTVI発生を調査する方法を解説し、調査用紙を付録として添付している。

神戸さんが書いた「電波障害ハンドブック」はヒット作となった。

このような実績が認められ、神戸さんは東海支部の支部長に就任し、43年にはJARLの理事、47年にはJARLの副会長に選出された。昭和40年代、東海支部は全国に先駆けた事業2つを行なう。一つは43年(1971年)10月の「ハムの祭典」である。朝日文化センターを会場にし、アマチュア無線機メーカーからの製品の出品、技術講習会の開催、JARLの紹介の他、相談コーナー、不要品交換などが実施され、4800名以上が集まった。

第1回「東海ハムの祭典」。全国に先駆けての催事であった。--JARL発行「アマチュア無線のあゆみ」より

神戸さんは当時を振り返り「アマチュア無線の開局が増加し始め、また、若い人の間にアマチュア無線への関心が高まっていた。このため、東海地区でも各地でクラブ単位でのイベントが行なわれ出していた。メーカー各社も販売促進の一環として商品紹介のための展示会開催には積極的であったが、あまりにも小規模で回数が多いことに音を上げ始めていた。そこで、大規模なイベントとして開催し、合わせてハムの悩みも解消する内容とすることを企画した」と開催の意図を語る。いずれにしても、この催しはその後の全国で開かれるようになった先駆的なものであった。

もう一つは、47年(1972年)10月に名古屋市公会堂で開催された「アマチュア無線技術シンポジウム」である。TVI(テレビ受信機への妨害)対策、アンテナ製作に関する講演や、RTTY(ラジオ・テレタイプ)、SSTV(静止画像通信)など新しい技術の紹介が行なわれた。技術研究に力を入れてきた神戸さんらしい企画である。神戸さんは常々「アマチュア無線家は、自分で努力して技術を磨くことである」と言い続けてきた。技術シンポジウムを通して、技術の習得を図ってもらうねらいの催しだった。

今、神戸さんの研究所への“出勤“は月に2、3度である。研究所の鍵は一部の学生に渡されており、自由に利用できるようにしてある。また、地域のアマチュア無線の会合などにも活用されている。ここで、神戸さんが今、取り組んでいるのが「地震予知」である。超長波を地中に流し、地盤の歪をピエゾ素子を使って測定することで予知すしようと考えている。「地震の予知は早めにできることが最も良い。しかし、それができなければ、数秒前でも予知できれば大きな社会貢献である。少なくとも、交通機関をストップさせられ大惨事を防ぐことが可能であるから」と指摘する。「理論はわかっているので、後は実証実験が必要。その結果は学会で発表する」と。神戸さんは最後まで、開発技術者であり続ける覚悟である。