[アル・グロスさん] 

1984年6月のある日、荒川さんの家にアル・グロスさんから電話があった。「RCAのリストであなたの名前を知った。日本人ですね。1度会いましょう」という用件だった。アルさんは無線通信の技術の権威者として知られたハムである。アルさんの用件とは「通信衛星を打ち上げて、トランシーバーの世界的な交信ネットワークを作りたい。日本企業で事業に参加するところはないか」というものであった。

初期のハンデイトランシーバーを手にしているアル・グロスさん

荒川さんは2、3の日本企業に打診したが事業化は無理だった。しかし、それ以上に荒川さんが驚いたのはアルさんの経歴であった。荒川さんが会った時のアルさんは、米国のサテライト会社の技術者であったが、アルさんはそれまでの履歴を話しをしてくれた、という。それによるとアルさんは第2次世界大戦時に軍の要請を受けてUHF帯のハンディトランシーバーを開発している。

[地対空連絡] 

イギリスからフランスなどドイツの占領地域に飛ぶ飛行機は、地上にいるパルチザン(反独勢力)との無線通信で情報を得ているが、VHF帯での交信はドイツ軍に傍受されていた。無線通信に詳しいアルさんへの要請はドイツ軍に知られずに交信できるトランシーバーの開発であった。

ドイツ占領地域に密かに渡すためには小型でなければならない。開発されたのがUHF帯の400MHzのハンディタイプのトランシーバーであった。このトランシーバーは合計500台ほど生産されて欧州戦線で使われたという。ドイツはUHF帯までは監視していなかったらしい。

荒川さんが第2次世界大戦当時にアルさんが開発したトランシーバーを見ることができたのは、ほぼ2年後に再会した時だった。そのトランシーバーは、当然のことながらトランジスターではなく、ミニチュア真空管を使用しながらも「極めて小型であった」という。ちなみにアルさんが欧州戦線で使用したトランシーバーはその後のCB(シチズンバンド)の無線機となったといわれている。アルさんは欧州戦線で使われたトランシーバーを荒川さんに見せながら「後に始まったCB無線では私がコールサインの第1号をもらった」と説明した。

[通信衛星によるネットワーク] 

戦後、アルさんはポケベルシステムを開発し、さらに携帯電話システムを開発するが採用してくれる通信事業者はなかった。荒川さんが依頼を受けたのは世界的に携帯電話の普及が始まりつつあったころであるが、アルさんの提案は地球上空に配置したいくつかの衛星に中継機を積みこみ、国内外自由に交信できるトランシーバ間交信のシステムであった。

アルさんが荒川さんに提案したワールドワイドのハンディ機によるネットワーク構想は、1990年にモトローラが端末に携帯電話を使用した「イリジウム計画」として提案、その後計画に変更があったが実現されている。ただし、端末の価格が高価なのと維持費も高いため、利用者は少ない。そのほかにも通信衛星を使用して世界通話が可能なネットワークはさまざまな形で動いている。

[マルコーニの遺品] 

1984年5月、荒川さんは車で1時間程度のサンデーフックの岬を訪ねた。マルコーニが初めて米国で電波を出した場所であり「当時のアンテナの基台が残っており、近くの灯台にはマルコーニの遺品が展示されている」と聞いたことからの訪問だった。マルコーニは、ニューヨークの新聞社の招きで1899にここに来たらしい。

マルコーニは、この時行われたヨットレースのもようを無線電信でニューヨークに伝えるとともに、無線電信のデモを行ったといわれている。「ここがアメリカの無線電信の発祥地とは知らなかった。灯台のある建物の中は海難救助の博物館になっており、マルコーニの当時の無線機が再現されていた」と荒川さんは感慨深げに見学した。

[オールアジアDXコンテスト] 

6月16日、荒川さんらのJANETは「オールアジアDXコンテスト」に、国連クラブ局から参加した。アジア地区のエンティティとの交信を2日間にわたって競うもので、7MHzでは珍局のため多くのJA局から交信を望まれていた。荒川さんらは「現地時間の早朝が唯一の可能性であり、JAの何局かとスケジュールを組んだ」

結果はJA局39局との交信が出来た。「事前に日本の最近のコンディション、空いている周波数などを知らせてくれた局もあり、終了後には日本側ではどうであったかを連絡してくれた方もいた。さらに、日本で受信したテープまで送ってくれた方もあり、逆に交信できなかった方には申し訳なかった」と言う。

フィールドディにBARAのメンバーとアンテナ建てを行った

フィールドディでキャンピングカーから運用する荒川さん

[BARAフィールドディ] 

この月の23日、24日にはBARAのフィールドディに参加して、合理的な記録の仕方に荒川さんは感心している。縦にコールエリア、横にサフィクスの最初のアルファベットを記入したマトリックスを作り、」交信相手のコールサインはその合致した升目に記入するだけ。これで重複局をチェックすることも出来る。

交信時間もRSレポートの記入も不要であるが、荒川さんは「国内交信に限られ、RSレポートもコンテストではあまり意味が無く、さらにQSLカードの交換も期待していないため、これで十分というアメリカ的合理化」と荒川さんも納得している。