[英国に出向] 

平成2年(1990年)12月、荒川さんは再び海外関係会社へ出向する。今回は英国ウェールズ・レクサムにあるSUKM(シャープ英国生産会社)の品質管理責任者としてであった。SUMKはVTRの生産を目的に、SUK(シャープ英国販売)生産事業部として1985年に設立されているが、課題を抱えていた。世界各地の工場のなかでも品質が最も悪いといわれていた。

その対策のために「全事業部に関係した経験と英語能力をもつ人材を」という品質管理の副社長の目に適ったのが荒川さんであった。「経験の無い生産会社の品質管理の責任者の重責に戸惑ったが、各事業部からサポートするからといわれて出かけることにした」と当時を語っている。出向先の会社に行き実態を調べると「品質管理は混乱状態だった」らしい。それから約7年間品質管理優秀会社にまで育てる苦闘が始まるが、アマチュア無線と直接関係無いためここでは触れない。

赴任したレクサムのメインストリート。中央は投宿したWynnstay Arms Hotel

[近くのハムと知り合う] 

現地に到着した荒川さんは、仕事の合間を縫って住まい探しを始める。ブックグイン村に広くて1戸建てでアマチュア無線のための立地も良い所を見つけたものの、新築のため入居までは1カ月以上かかることがわかり、当面はホテル住まいとなる。一方、社内で、荒川さんがハムであることが知れ渡ると、社員がさまざまなハム情報を知らせてくれた。荒川さんが住む予定のブックグイン村には「7、8局がある様子で、やはりロケーションが良いところなので集って来たのだろう」と納得している。

年が明けた1991年1月、近所のマイク(GW6NLP)が地元のWARS(レクサム・アマチュア無線協会)のミーティングに連れ行ってくれ「いずれ入会したいと考えた」と言う。相互運用協定を利用して申請していた荒川さんの免許はG0/N2ATTのコールサインで1年間の臨時免許として下りた。「英国のどこからでもプリフィックスを変えて出られることになった」と喜んでいる。

[始めての交信] 

英国からの初交信は近くに住むバーナード(GW0ABG)のシャックからであり、14MHzSSBで「米国東海岸のデーブやロジャーと話しができたが、JAとはできず、周波数を変えてみても駄目だった」と言う。1月19日には日本からやってきた中嶋康久(JA9IFF)さんを出迎えにロンドンに出かけたが、滞英中の日本人ハムも集り、総勢6名で夕食。「英国でこれだけの日本人ハムが集ったのは始めてだろう」と話題となった。

地元のマーティン(GW0KYT)のシャックからもGW0/N2ATTで交信。その後、マーティンがRBBS(無線電子掲示板)に「日本人ハムがやってきた」と書きこんでいたところ「日系の会社で働いている。同じ会社かもしれない」と書き込みがあった。そのハムはポールといい「同じ会社の同じビルで働いていることがわかり、灯台下暗しだった」と驚くことになった。

予定していた借家への入居が遅れるため「いつまでもホテル住まいもできず、レクサム市郊外のローズダスリンに仮住まいすることになった」と、煩わしい住宅問題に触れている。転居後に「仮住まいのためアンテナを建てるわけにはいかず」と悩んでいると、新たな問題が起きてしまった。予定していたブックグイン村の家を家主が「貸すのでなく売りたい」ということになり、再度家探し始めることになった。

GW0ABGバーナードのシャックを借りてGW0/N2ATTのコールで初運用

JA9IFF中嶋さんご夫妻(前列右側)をロンドンに迎えて、中華料理店に集まった日本人ハム

[ようやく新居に落ち着く] 

家探しを始めてみると、売り家は多いが貸家は少なく「勤務場所から遠くの場所まで範囲を広げて探すことになった」といい、その結果レクサムまで約19kmのハーデン町にある家を借りることにした。引っ越しは3月9日。アンテナタワーを建てるために町の建設許可が必要なため、バーチカルアンテナを求めて取り付ける。「裏庭の塀に取り付けたが、高さ5.5mのアンテナが家の陰に隠れて表から見えずFB」と満足している。

3月16日、ようやくJANETやJAIG(ジャパニーズ・レディオアマチュアーズ・イン・ジャーマニー)のネットにチェックインし「北東方面が開けているのでJAと交信できるはず」と荒川さん。JAIGは、ドイツ在住の日本人ハムや日本に感心をもつドイツ人ハムの集りとして1985年に発足している。

年1回の公式ミーティングを開いているが、組織はその後拡大し現在では世界各地にメンバーがおり、500人を超えているといわれている。ところで、荒川さんは3月19日のWARSのミーティングに出席、年会費7ポンドを支払い正式メンバーとなる。4月には日本から山本則一(JA2KTP)さんがレクサムに仕事の関係でやってきたついでに荒川さんを尋ねる。初のシャックへの来客である。

[RSGBコンベンション] 

4月末にはRSGB(英国アマチュア無線連盟)主催のコンベンションがバーミンガムの国立展示センターで開かれた。RSGBは毎年HFとVHFのコンベンションを別々に開いているが、今回はHFコンベンション。日本や米国のコンベンションと同様に各クラブ、団体、機器メーカー、ディーラーが出展し、セミナーが開かれた。

荒川さんは会場で今年選出されたジョン・ケース(GW4HWR)会長に会い「年少者の教育に力を入れる。今年から始まるノビス級免許もその一つ」と意欲的な方針を聞いている。事実、会場にはラジオの組立て実技指導、ボーイスカウト、ガールガイドのためのブースも設けられていた。

会期中の4月27日はマルコーニの誕生日に当たり、また、モールスの生誕200年の記念の年でもあるため、その業績を偲ぶ展示も行われた。荒川さんが驚いたのは抽選会の1等賞品がフォードの新車であったこと。もっともそのためには入場料3ポンドの他に1ポンドの抽選チケットを求める必要がある。「豪華な賞品前のチケット売り場は賑わっていた」と荒川さんは報告している。


RSGBのコンベンションで、ボーイスカウトのブース(上)ガールガイドのブース(下)