[カナリア諸島] 

帰国を前に荒川さん夫妻は年末年始の休暇を利用してツアーに参加、スペイン領のカナリア諸島に出かけた。カナリア諸島はイベリア半島から約1850km離れた大西洋にあり、年間気温があまり変わらないため「常春の楽園」と呼ばれている。諸島の中でも観光地として知られているグラン・カナリア島で、荒川さんはかつて交信したことのあるハムを訪ねている。

地元のクラブ局に案内してもらった荒川さんは、CEPTの制度を利用してEA8/GW0RTAで交信。「クラブ局にはたくさんの人が来て歓迎してくれた。日本も含めて相当数の局と交信できた」と満足そう。「スペイン人だけの島なのに日本レストランがあり、聞いてみると日本からの遠洋漁業の寄港地であり、日本人もしばしばやってくるらしかった」と納得している。

カナリア諸島の連盟でEA8/GW0RTA/Rを運用する荒川さん

[SUKMでの苦労] 

1998年5月英国を離れることになった。定年での帰国であり、長い海外生活を送った荒川さんも「再び海外で暮らすことはないだろうと考えると感無量」だったと言う。荒川さんが赴任した目的であるSUKMの品質向上については、見事な成果をあげたことを触れておく必要がある。

当然のことながら荒川さんは、SUKMで働く英国人の日本人との気質の差、経営観の差、組織の壁などに戸惑うが、「品質向上はQCセンターだけのものではない」と、強引に各部門をQCサークルやサービス関連業務に巻き込み、委員を出してもらった。当初は「仕事を押し付けるな」「責任逃れだ」との声もあったが、委員の活動が社長や上司に認められるにともない「部門の壁はなくなりコミュニケーションが良くなった」と手応えを感じている。

荒川さんは「徹底して顧客の立場からSUKMに意見を言い、改善を要望した」ため、「お前はどこの社員か。補償や改善に金がかかりすぎる」など非難が殺到した。その都度、荒川さんは「お金がかかるのは品質が悪いからだ」と切り返した。このようにして徐々に品質向上の核心に迫っていった。

グラン・カナリア島の日本レストランでEA8のハム達と食事。お箸を上手に使っているのに驚く

[部品業者への指導] 

生産部門は「品質の悪さは部品が悪いからだ」と言い訳を言う。荒川さんは「改善を考えろ、と叱っていた。しかし、それでは動かない。悪い部品を作っている会社に行こう」と呼びかけて、出かけたことがある。ハンダ付け不良が問題であることを知った荒川さんは生産部門のハンダ付けをもっとも得意とする社員2、3名を連れて訪門した。

相手の立場を考え「今日はあなたの会社が困っていることを改善するためにお手伝いにきた」と告げたところ、「大いに感激してデータや生産工程を隠さずに見せてくれた」と言う。このような情報や問題を共有化する解決法はSUKMの社内でも同様であった。

荒川さんは日本の本社とやり取りする書類を極力英訳して公開した。また、生産台数、不良率などはもちろん、リワーク率、部品不良率など詳細なデータも一覧表にして共有化した。本社に対しては品質に関する指示事項は英語で送ってくるよう強く要望してもいる。この結果「現地の社員の日本人幹部、本社に対する疑心暗鬼もなくなっていった」という。

[日本のやり方を押しつけるな] 

しかし、それでも「文化や習慣の違いは大きな障害となった」と荒川さんは悩んだことを語る。「日本の企業人にはTQM(トータルクオリティマネージメント)は意識することなく身に付いているが、SUKMではQCサークル活動についても“やらされている”“仕事が忙しいのに困る”“日本のやり方を押しつけている”」と、皆批判的だった。

周囲の企業で実施しているところがなかったこともこのような意見が出る根拠だった。荒川さんは「そんなに負担なら止めよう。それに代わる英国式の活動を提案してくれ」開き直り、こんこんと諭した。「若い従業員の父兄たちはシャープに就職できたと喜んでいる。そこで何かを学び自身を向上させていく機会も必要だろう。本当にQCサークル活動を止めても良いんだな」と。

社員からはいくつかの提案があったが、やはり従来のQCサークルがベストであるとの結論になった。その後、日本で行われたシャープグループの「全社発表大会」に優秀サークルを送り込んだが「その体験がSUKM全体の意識を変えた」と言う。荒川さんは「本来、英国人は品質向上の意欲は高い。逆に日本が学ぶべき面もある」と評価している。「日本側が押しつけたり、現地人に任せないなどの問題があった」と言う。

SUKMの優秀QCサークル代表を伴って、大阪本社での全社発表大会に参加

[ウェールズ品質賞] 

ISO9000の取得では、日本語で書かれたマニュアル、手順書に現地社員は当然ながら大反対した。「どうするか」と問いかけると「自分達で一からつくる」と言い、外部講師を招き勉強を始めた。その結果、自分達で短時間で書類を作り上げてしまった。SUKMは1995年にISO14000の認証も取得したが、ウエールズの企業では最初、英国の日本企業でも最初だった。

ウェールズ王国ではWQC(ウェールズ品質センター)が1994年にWQA(ウェールズ品質賞)を制定していた。荒川さんは役員会で参画を提案したが「対象が企業の総合的な質についてであったため、戦略や財務状況まで審査されるのは困る」と却下されてしまった。そこで密かにメンバーの一人にEFQM(欧州品質マネジメント財団)の審査員資格の取得をさせた。

そのような経緯を経て、1年後に参画が認められ、全社をあげての取組みが始まった。「経営陣、人事、経理などすべてを引きこむために大変であった」が、最初の参加でWQAの北ウェールズ品質賞が取れた。荒川さんが英国を去る少し前の話題であった。これまで荒川さんの英国におけるアマチュア無線活動だけを触れてきたが、本業でも大きな成果を残したその一端を紹介しておきたかった。

SUKMのオープンデーで、見学者に環境改善活動の説明をする荒川さん