阪神大震災の話をつづける。JARL北海道地方本部の原恒夫(JA8ATG)さんから乾電池5000個が届けられた。被災地では、乾電池が完全に品不足となってしまっていた。ハンディ機を働かす上で貴重な支援だったと、何人ものハムが感激している。奥尻島の地震を体験している北海道地方本部の思いやりだった。他にも暖かい援助はいくつもあった。

神戸市須磨区の増田晃朗(JS3AFE)さんは、仕事の関係から当日から勤務し、その後は24時間の勤務で走り回った。職場に建設省専用の移動電話「K-COS」3システムが届く。完全な新品であるが、中部地建名で免許を受けている商品だった。メーカーに発注済の製品を急遽、中部地建が届けてくれたことがわかった。

開梱するとシガーライターから電源が取れるよう配線済みで、2電源用のコードも付き、車取り付け用の備品一切、取り付け用具、軍手、タオル、包帯、乾パン、救急ばんそうこうまでが入っていた。「手配した人の愛が詰まっており、涙が出るほどうれしかった。」と、増田さんは書いている。被災したハム達は生活を犠牲にして活動し、不自由な生活の中で疲労が蓄積していったが、このような支援に励まされ、疲れを忘れることもあった。

日を追うごとにレピーターは各地に設置され始めた。写真は消防署屋上に設けられたアンテナ。

それとは逆に、心無い交信妨害にほとんどのハムが憤りを感じた。善意に解釈すれば被災地以外では被害の大きさがわからない。トラック同士の交信がなぜ迷惑かがわからないのだろう。しかし、非常通信を意識的に妨害しているケースも少なくなかった。ある時はJARLを通じ、ある時は直接、電気通信監理局に取締りを依頼したが効果がなかった。被災地での交信はしばしば妨害され、必死で活躍するハムの最大の憤りであった。それに次いで、それぞれの現地での救援体制や組織の不備を指摘する声が多い。

しかし、被災地の自治体やボランティア組織は混乱しているのが常識である。ボランティア活動をしたハムの多くは、JARLのボランティア募集を知って参加した人である。中には、応募のはがきを出し、いつ返事が来るかと待っていたが、返事が来たのはだいぶ経ってからであり時期を失してしまった、という人もいた。

逆に、何の連絡もせず現地に飛び込んだ人もいた。現地に行き、市役所や区役所、地域社会、避難所、ボランティア組織を訪ね、「何をしたら良いか、と訪ねても具体的な指示はなかった。」との不満が少なくなかった。ボランティア活動とは、やるべき仕事を自ら探し出すことでもある。増田さんは「この人は一体何をするためにここに居るのか、と理解に苦しむ人がいる。例えばボランティアに来た人が“私は何をしましょうか”と、仕事をしている人に聞く。その時点で、聞いた人は聞かれた人の邪魔をしていることになる。」と指摘している。

また、アマチュア無線の資格を持って参加しているが、必ずしも、固定機の前に座っていたり、ハンディ機を持ち歩く仕事ばかりではない。むしろ、食品や水を運んだり、地域住民の安否、所在を確認したり、被災者の相談にのる仕事のほうが多かった。長谷川さんは「ヘッドホンを付けて、リグの前に座っているだけのハムの姿が物資の運搬に必死に取り組んでいるボランティアに好感が持たれないことがある。応募いただいた多くの方全員が、なすことなく無線機の前に座り込んでいる姿を想像していただけたらわかってもらえるはず。」と、訴えている。

この他、多くの反省や、意見が発表されているが、その全てを書ききれない。ただ、ハム個人について指摘すると、災害に耐えられるようリグを安全管理しておくこと、停電対策としてできれば非常用電源設備を持ち、また、電池の備蓄を心がけておくべきだとの反省が多かった。

5月28日に開かれたJARLの総会に先立ち、非常通信の貢献に対し、郵政大臣からの表彰があった。代理で賞を受け取った長谷川さん。