[国際EMEフォーラム]

ガリ砒素トランジスターをプリアンプに使用すると「430MHz帯でNF(ノイズフィギャー)が0.3dBクリアー出来るようになった。従来のバイポーラトランジスターでは最高でも1.2dBであった。これは電力比では2倍に当たり、アンテナのサイズは半分で良いことになる。」と、その画期的性能を森さんは語る。その画期的な「ローノイズアンプ」を世界のEMEer(EME挑戦者)に伝えようと、森さんは昭和58年(1983年)に米国・オハイオ州デイトンで開かれた「国際EMEフォーラム」に出席する。

昭和58年のデイトンでのEMEフォーラムでガリ砒素TRを紹介

このフォーラムは、毎年デイトンで開かれているアマチュア無線機器や関連機器の国際的な展示会「ハムベンション」に合わせて行われた。森さんは、公子夫人とともに参加、ガリ砒素トランジスター製のプリアンプを持ち込み、その性能を発表した。この発表は世界から集まったEMEerに歓迎された。公子夫人が同行したのは「結婚25周年の記念旅行の目的もあったため」という。

[EME成功のために]

森さんは先にも触れたが、アマチュア無線関連雑誌にEMEについての分析、ガイド記事を何度か書いている。ここでは、その要約を紹介する。
― 月は地球からの遠地点40万7000km、近地点35万6000kmの楕円を描いて28日の周期で回っている。地球から発射された電波は距離とともに広がっていくため、月に到達するのはほんの一部。さらに、月で反射された電波も放射状に拡散されるため、地球に戻ってくるのはその一部に過ぎない。

この空間に放出されてしまうために失われる「パスロス」は430MHz帯で平均-262dBにも達するといわれている。このロスを補うためには送信電力の高出力、アンテナの高利得、受信機の高感度が必要となる。森さんは自身の設備を例にして説明する。「500Wの出力はフィーダーロスにより450Wとなり、アンテナのゲインで225kWとなる。」と説明。

そして「この電波が月に反射して戻ってくると1.4×10のマイナス21乗Wとなる。この電波を同じパラボラで受信すると7×10のマイナス19乗Wになる。」と説明している。実際には詳細な数式を用いての説明であるが、結論として「受信のS/N比は4.85dBであり、実際に私の設備でエコーテストをすると、偏波面が一致した時5dBで受信できた」という。そして「EMEで使われる受信機の感度は普通の通信型受信機の50倍から100倍が必要」と指摘している。

同フォーラムで世界的なEMEerのK1WHSさんと

[プリアンプ/ミキサー/アンテナ]

「普通の受信機で受けても雑音ばかりで何も聞こえないため、ローノイズプリアンプやダブル・バランスド・ミキサーが必要となる」と、プリアンプ、ミキサーの説明をし、さらに、アンテナについても詳しく解説している。アンテナ製作の注意点としては(1)大きい開口面をもつこと(2)給電系のロスを少なくする(3)サイドロープ、バックロープを少なくすることをあげている。

アンテナは、当然のことであるが、周波数を替えるたびに自作のディッシュ(パラボラ)を自宅にたちあげている。従来の1.2GHz用では直径7mで亀甲(メッシュ径)を13mmとしたアンテナを使用したが、現在のアンテナは直径5m、骨組はステンレスパイプのトラス構造、0.5mm径のステンレス線を6mmの亀甲状にした反射板を構成させている。

一貫してメッシュとしたのは対風圧のためであり、このアンテナは1.3GHzから5.6GHzに対応できる。森さんがディッシュを選択しているのは「一般に八木・宇田の多段スタックやコリニヤ系のアンテナはディッシュに比較すると、サイドロープやバックロープが大きく大地雑音など他の不要な雑音を拾う恐れがあるため」と記している。

欧州のOX2Kのグループと交信。そのメンバーのカード

[さらなる挑戦]

このアンテナの仕様でもわかる通り、森さんは430MHzの次ぎのチャレンジ目標を、1.2GHz帯、2.4GHz帯でのEME交信におき、平成8年(1996年)に両周数帯での免許申請を行った。1.2GHz帯は1296MHzで出力は100W。この年の2月21日に免許が下り、ほどなくして交信に成功した。

1296MHzでの交信で思い出に残っているのは、欧州のハムがグリーンランドにDXペディションにでかけ、現地でEMEに兆戦、その時に交信できた事である。平成12年(2000年)の6月1日であり「私のCWは559で届いていた、とのカードを送ってもらった」という。

問題は2.4GHz帯であった。2.4GHzは100Wの免許をもらったものの、準備に取りかかったのは平成13年(2001年)の夏ごろ。アンテナが取り付けが終わったのが平成14年(2002年)5月。さっそく、ローノイズ・アンプを接続してサン・ノイズ(太陽から発生するノイズ)を測定した結果、7dBしかない。

そこで、森さんはスペアナ周辺の周波数を調べる。その結果、周波数の上下に大きなノイズ源らしいものを見つける。その対策として「狭帯域フィルターの挿入、プリアンプの改善を行い、ようやく15dBが確保できた」という。