No.8 北海道の戦時中のハム達(3)

[アマチュアのキー、音声が消える]

昭和7年(1932年)5月15日に伊藤さんが「防空演習に参加した」と「Jarl News」に報告しているが、どこの地域なのか、アマチュア局だけの演習なのか詳細がわからない。この年の3月2日に関西で初の非常通信訓練が行なわれているが、参加者のリストを調べても伊藤さんが参加した形跡はなかった。

いずれにしても、この頃から各エリアで「愛国無線通信隊」がアマチュア局によって組織され始め、盛んに通信訓練が行なわれるようになる。北海道では昭和11年(1936年)9月に愛国無線隊が陸軍特別大演習に参加している。陸軍通信学校教官であった小澤匡四郎(J3DA、J2MJ、MX1A)さんが隊長となり、JARLからは10名が参加した。陸軍特別大演習は、毎年1回天皇陛下が臨幸されて行なわれているもので、この北海道が最後になったという。

「愛国無線通信隊」は、やがて名称を「国防無線隊」へと変えていくが、北海道では昭和17年(1942年)に唯一北海道に残っていた橋本さんが、北部軍の中尾参謀を長とする「北部軍国防無線隊」を発足させ、7月24日に札幌グランドホテルで結成式が行われた。橋本さんは副隊長であったが実質的には隊長の役割を果たしていた。

しかし、他のハムが戦地や軍務関連で北海道を離れており、隊として動ける状態ではなかった。橋本さんは止むをえず、正式に免許を取っていないハムの卵たちに協力を求めて、送受信機の整備、電源の整備を手伝わせた。すでにこの頃にはアマチュア無線の免許は取り上げられており、一部の軍に必要と認められたハムが通信機に封を張られることなく、しかし、交信は禁止される状態に置かれていた。

昭和12年9月、国防無線隊編隊式での記念撮影JARL発行「日本アマチュア無線のあゆみ」より

[ソ連に抑留された澁谷さん]

北海道のハム達の戦時中の記録は、田母上さんを除くと見つけることができなかった。それぞれが、内地、外地で苦労し、つらい思い出をもっていたはずであり、それをあからさまにしたくなかったのかもしれない。その中の一人である澁谷さんは終戦後にソ連に抑留され、通信機の修理に従事した思い出を「Rainbow News」第5号に寄せている。

それによると、澁谷さんは北千島幌莚島柏原の第五方面軍航空情報隊第二特殊監視隊に所属していたが、昭和20年(1945年)の秋にソ連軍に投降。雑作業をさせられ、翌年の春には接収されていた日本の缶詰工場で薪切り作業をしていた。ある日、旧知の日本人通信士から、ソ連の通信機の具合が悪いので見てくれないかと依頼される。

通信室に行くと米国製の有名な送信機BC-610がある。「米国から援助物資としてもらったものらしいが、私が初めて見る送信機であった」と澁谷さんは書いている。説明書を出してもらい読んでいるとソ連通信士は「直るか」と盛んに聞く。翌日、説明書で250TH、100THのタンタルアノード管はプレートをチェリー色にして使うのが良い、と記されていることがわかった。

ソ連通信士は英語の説明書が読めないため、スイッチを入れてキーを押さえると終段のプレートが白熱することに驚き、故障と判断してしまったらしい。澁谷さんは「少しもったいをつけて」6L6を一本取替えて電源スイッチを入れさせ、各段の同調を取り直すと250THのプレートが薄赤色になり、送信が可能となった。通信士は「まだ赤い」と心配顔である。

「これで良い。安心して使え」というと、たまっていた電報を急いで本部に送り込み終わり、喜んでいる。澁谷さんはお礼にコーヒー、バター、砂糖をふんだんにもらい、お裾分けした仲間に感謝された。ソ連通信士は1週間は様子見に来てくれという。「故障でもないのでどこも悪くなりようがない。気軽な仕事だった」という。

澁谷さんは、その後も「受信機のBC-342や312も見せてもらいのんびりと過ごした」という。ただし、最初の日本人通信士は雑役の方に回され、澁谷さんは優秀な通信士として奉られることになるが、逆に無線通信技術に詳しいことから、その後も2年以上もソ連のために働くことになってしまった。

戦前の北海道はJARL東北支部に属しており、東海支部が関西支部から分離独立したように独立するようなことはなかった。東北支部の活動については、近く連載を予定している東北エリアの歴史でふれる予定であるが、同支部の幹事に北海道から1名が選出されており、橋本さんが就任していた時期がある。

なお、昭和7年(1932年)10月の「JARL NEWS」には、J7CI・橋本亮さんのサイレントキーが報告されている。この号は、奇しくも東京の杉田倭夫(J1DN)さんの追悼号であった。橋本さんはこの年の6月15日に免許を取得し、検定も終了してハム活動を始めようとする前になくなられた。北海道ではもちろん最初のサイレントキーであった。

橋本さんのサイレントキーを知らせた「JARL NEWS」掲載号と記事