原さんは平成2(1990年)、JARLの北海道地方本部長に就任した。それまでの活動が認められた結果であった。わが国のアマチュア無線局は、昭和32年(1957年)頃から増加が顕著となり、44年(1969年)から増加ペースが早まり、さらに59年(1984年)からは一段とそのペースが高まっていた。この急上昇は結局、平成6年(1994年)まで続くことになり、平成2年当時は「ハムブーム」が続いていた。

北海道地方部長として、道内各地の支部大会にも出席した。前列右から6人目が原さん。その右が原昌三・JARL会長

この平成2年にはアマチュア無線局の数は100万局を突破し、JARL会員数も2月には15万8400人となっていた。北海道のハムも6万7700局で、1年間で8000局近くの増加であった。また、アマチュア衛星「ふじ2号」が打ち上げられ、電波法の改正により、従来の電信級、電話級が、第3級アマチュア無線技士、第4級アマチュア無線技士にそれぞれ変更されたのもこの年であった。本部長職を山崎信之(JA8HR)さんから引き継いだ原さんは、同時にJARLの理事に就任することになる。

[道内でのアマチュア無線活動]

平成3年8月、原さんら「第3回北海道ハムフェア実行委員会」は、札幌市内のアクセスサッポロを会場にして「第3回北海道ハムフェア」を開催する。当時のソ連・サハリン州から7人のハムを招き、現地のハムの生活振りの講演会を企画するなどフェアのテーマも「今、国境を越えて、交流の輪を!」とした。

原さんが「なんとか北海道でもハムフェア」をと取り組んだ昭和63年(1988年)に第1回を開催して以来、3回目のフェアであった。しかし、翌年からフェアの開催は困難となる。「ハムブーム」に乗って、全国各地でフェアの開催が相次ぎ出展企業が対応できなくなったのが大きな原因であった。

ハムフェアの会場外では記念局の運用も行われた

平成7年(1995年)は、阪神・淡路大地震が勃発した年であった。9月原さんらは「北海道アマチュア無線非常通信ネットワーク」構築のため試験交信を始めた。さらに、10月には、災害時の非常通信のあり方を討議する「北海道ハムフォーラム95」を札幌市で開催した。アマチュア無線と行政機関との連携を模索することを狙ったものであった。

JARL元副会長の田路嘉秀(JA3XZW)さんが「阪神・淡路大震災でのアマチュア無線の活動と課題」と題して講演。被災地でボランティア活動を行った長谷川良彦(JA3HXJ)さん、冨安大輔(JA3LFO)さんの体験メッセージが寄せられた。それを受けて、当時の北海道電気通信管理局、北海道庁、奥尻町の関係者を交えてのパネルディスカッションが開かれた。

原さんらは、このフォーラムに合わせて道内の自治体、消防本部、アマチュア無線クラブを対象にした災害時での対応をアンケート調査し、結果を発表した。フォーラムの内容、アンケートの結果、阪神・淡路大震災の報道記事などは、サンフランシスコ地震でのアマチュア無線による非常通信の実情、非常通信関連法規とともに「北海道フォーラム95」として立派にまとめられた。

翌平成8年9月に札幌で開かれた「96ゆうあいピック北海道大会」では、アマチュア無線によるPRを行った。PR用にデザインしたQSLカード17万枚が送られた。平成9年(1997年)11月末には、有珠山の噴火に備えての情報収集に乗り出し、24時間の聴取態勢を敷いた。遭難、事故などを早く知り、救助に役立てるのが目的であった。

[日本のARDF育成]

このようなJARL活動を続けてきたが、原さんがもっとも力を入れてきたのがARDF(アマチュア無線方向探知競技)であった。ARDFは日本では「フォックス・ハンティング」と呼ばれていたものであり、国際的なルールは5台の送信機から送信されるモールスを受信し、2時間内に見つけた台数と時間を競うものである。

平成5年(1993年)4月に「北海道ARDF振興会」を発足させた原さんは、平成7年「全日本ARDF競技大会」を北海道に誘致した。平成11年(2000年)にはJARLのARDF委員会委員長に選出され、その後の日本のARDF活動を推進する立場となった。昨年(2002年)再び全日本ARDF競技大会を北海道砂川市で開催しているが、原さんの願いは「国際大会で優勝できる力を付ける」ことである。

ARDFの大きな国際大会には、IARU(国際アマチュア無線連盟)主催の「世界選手権大会」と、IARUの第3地域(アジア・オセアニア)主催の「リージョン3選手権大会」がある。ともに、2年に1回の開催であり、世界選手権は昨年(2002年)9月にスロバキア共和国で開かれ、29カ国、300人が参加した。

JARLの理事として理事会に出席。平成6年4月の理事会

一方のリージョン3選手権は今年(2003年)11月にオーストラリアで開催の予定である。日本は各大会に参加しているが中国などに歯が立たず、優勝はない。中国はアマチュア無線が解禁にならない前からARDFが活発に行われ、そのため、アマチュア無線は現在でも体育省が管轄している。原さんによると「中国選手の走力に負けてしまう」のが実情である。