[21MHz用ビッグアンテナ]

河川改修によって、福田さんの工場敷地が削られることになり、平成9年(1997年)春ごろから石川県土木工事事務所との間で、敷地買収の話が始まった。福田さんの敷地内のアンテナタワーを借りていた円間さんにも同事務所から「移転する場合は現有設備の詳細を書面で提出するように」との、連絡があった。福田さんからは「買収に応諾したので、使用契約を解除したい。タワーの使用期限は翌10年(1998年)の3月です」と言われた。

移転まで約1年あった。円間さんは「このような好条件の揃った場所は将来的にも望めない。有効に使おう」と決意する。既に7MHz、14MHzのアンテナは作った。「次ぎは3.5MHzか21MHzのビッグアンテナ」の構想が浮かんだ。結局,3.5MHzは費用がかかるが、21MHzは現用の部材が利用できることから21MHzに決めた。

再びYOを使い、ゲイン15dB、FB比35dB、SWR1.05の3条件を満たすシュミレーションを繰り返すと、ブーム長24m、エレメント数10本のビッグアンテナになることがわかった。円間さんによると「八木・宇田アンテナはブームの長さが1波長を超えると、その特性が発揮されることが知られているが、エレメントの配置を等間隔ではなく不揃いにしても大きなゲインとFBを出せることがこの時わかった」という。

円間さんは再び「八木・宇田アンテナ」にとりくみ21MHzを作成した

[使用材を再利用]

この変則配置に興味をもった円間さんは、再び気力を振り絞って制作に取り組み始めた。ブームには7MHzアンテナに使用した18m長の直角3角形ブームを使い、不足分はアルミパイプを両端に継ぎ足して補った。エレメントは最長7.04m、最短6.62mであり、古いエレメントを集めて作ることにした。しかし、一本ずつ長さが指定されている上、パイプ径がばらばらなため等価する必要があった。このため、円間さんは一本、一本の詳細表を作り正確を期した。

組立て作業は7MHz用アンテナを地上に下ろし、4本のエレメントを取り外して、21MHz用エレメントを取り付けることになるが「やはり1人では無理であり、仲間に手伝ってもらった」と言う。今回もクレーンを使用して吊り上げたが、長さが24mもあるため総指揮をプロである高橋さんにお願いした。

このアンテナの製作に要した期間は約2カ月であり、平成9年(1997年)7月に完成、使用を始めたが「10エレメントだけあってビームの切れとFB比は素晴らしかった」と円間さんは感嘆した。このアンテナにより10ヶ月の間に180エンティティ以上と交信した。「前回の7MHzの時と比較してエンティティ数は少なかったが、これは私のファイトが欠乏したため」と、円間さんは反省している。

21MHzアンテナで交信したエンティティ一覧

[YO]

YO(八木オプティマイザー)については先にも簡単に触れたが、円間さんは米国の雑誌「QST」の広告で知って購入した。周波数、帯域、素子数、ブーム長のデータを入力すると自動的に計算し「アンテナモデル」が出来上がる。このモデルにパイプの長さ、太さを入力すると、自動的にデータが置換されて示してくれる。さらに、シュミレーション途中でのデータの変更も可能。

加えて、FB比、FS比、ゲイン、SWRの重み付けができ、水平面と垂直面のパターンは図形で示され、高さを変えた結果もすぐに表示される。各種のマッチング方法もシュミレーションでき、ヘアビンマッチの線径、長さ、間隔を変えても結果を示す。円間さんは「慣れるまでに時間はかかるが非常に便利なソフトであった」と感心している。

アンテナ設計に使用したソフト「YO」のフロッピーデスク

何度か台風や強力な季節風に煩わされたアンテナであるが、この7MHzと21MHzのアンテナは30m超える冬の季節風にも耐え続けた。余談ではあるが、このころ円間さんはMRO(北陸放送)のラジオ番組に出演した。同放送局に勤めていた友人から「アマチュア無線のことをしゃべってほしい」と打診され、15分10回連続番組をこなした。「アマチュア無線の歴史と楽しみ方を話したが、相手の女子アナが素敵だったためハム相手では流暢にしゃべれても、番組ではトチッてばかりいた」と苦笑いする。ちなみにアナウンサーは「ひめ」と呼ばれている川瀬裕子さんだった。

[再び好立地を求めて]

新設した21MHzアンテナで交信をしながらも円間さんは、次ぎのアンテナの立地探しをしなければならなかった。福田さんとの間に借地契約があり、タワーといえども立ち退きとなるため、石川県土木事務所も代替地探しには協力してくれた。もちろん、円間さん自身も暇を見つけては金沢市郊外を探し回った。理想の場所が見つかっても周囲から反対され、あきらめたこともあった。電気と電話のラインは必要であり、タワーまでの車道も無ければならない。土地探しは難渋した。