昆明飛行場を飛び立つB29は飛び立つ1時間前から情報が入るのです。これは敵が「誘導電波を出せ」という電波を発信するからです。それからB29が満州、朝鮮の上空のどこを飛んでいるかは刻々とわかります。これは日本の情報網がしっかりしているからですが、対応の攻撃はゼロです。

ある日、私が勤務中さぼって山を下りりんごを買いに行っている最中、山の上の陣地から小隊長の声で「清岡、清岡」と呼ぶ声がします。私は勤務離脱が発見されたと思い、こそこそと、近所にでも居たような顔をしてそっと入りますと、小隊長はなんと安心した顔になり「清岡上等兵、故障だ見てくれ」という。私も安心しました。

米軍の重爆撃機B29--- HP「重爆撃機B29写真博物館」より

[仲間が感電死] 

大学出2人、高工出3人の技術担当と決めつけられた5人の上等兵、一等兵は時々こそっと集まっては、こんな素人技術部隊でアメリカに勝てるのかと不安で一杯でした。ここで不幸なことがありました。私の不在中、送信機の具合が悪いからと修理しようとしたロシアとの混血の仲間が5000Vに感電して死亡してしまったのです。

上官は「金鵄勲章」を申請するといっていましたが、全く気の毒なことをしました。ご冥福を祈るよりほかありません。ハムの精神・技術で育った私が、日本陸軍を代表するこの陣地のトップ技術者ですから情けないことでした。

[昼は部下、夜は教官] 

私は時々兵隊だけでなく、下士官の技術教育の教壇に立ちました。時には日本にない「レーダー」の講義までしました。そして講義が終わって教室を出ると、先生である清岡上等兵は上官である突貫小僧伍長に引率されて帰ります。

突貫小僧とは少年志願兵で、中学出くらいで下士官の伍長になります。私より上官です。教室外では私も敬礼をしないと大変なことになります。ただし、夜になると上官の下士官も「清岡上等兵、ここを教えてくれ」と頭を下げてきます。

後になりましたが、私が幹部候補生も志願しないで一兵卒でいたのは、幹部候補生担当の将校が「お前は社会で大事な仕事をもっているから志願はやめろ」といったからです。私が将校になっていたら、必ず南方に行って戦死したのは間違いありません。この准尉に感謝しています。

[死を考える] 

終戦。私は一度死ぬことを考えました。敗戦の日の真夜中、私は一人陣地を抜け出して、山の奥深く歩いて行きました。木々も死んだように静かでした。枯葉の上に座って、ゴンボー剣を抜いて腹につきたてようとした時に、ふと頭にひらめくものがありました。天の声でしょうか「まだこれから、日本の再建が残っているぞ」と。私は恥じました。そして生きてしまいました。

コンボー剣

それから捕虜。ここで私が忘れられないのは、これまで天皇は「捕虜になるなら死ね」といわれたはずなのに、今度は上官は「天皇の命令で捕虜になれ」というのです。私は本当に怒り悲しみました。山の上の陣地の機材は全部爆破しました。いよいよ出発の日、山を下りた兵隊の列から同志4人で駅の貨車の下を潜って逃げました。「生きて虜囚の身をさらすなかれ」また、天の声がしました。

夜暗くなって鎭南浦の町に入った私は朝鮮の警備隊にピストルを突きつけられて誰何(すいか)されました。そして、留置所に入れられて調べられました。しかし、ここの警備の人はなんと我々兵隊を「私達は共産党である。戦争で悪いのは日本の軍閥でお前達兵隊は我々と同じ犠牲者である」といい、あくる日に釈放してくれました。この思想は朝鮮警察も中国官民も同じで、共産党の思想教育の徹底しているのに感心しました。

[抑留生活] 

その後、私は町の親しい日本人のおばさんの家に世話になりました。しかし、ソ連兵が入ってきて「日本兵をかくまった者は銃殺にする」と、なんともむごいことを布告しました。私はかくまってくれたおばさんを殺すわけにはいかないので出頭し、今度は覚悟してソ連の捕虜になりました。

このままだとシベリアに連れていかれて、死ぬしかありません。私はその時すでに栄養失調にかかっていました。歯茎に血がにじんでいました。その後、皮膚病にかかりましので、シベリアには行かず満州の病院に送られました。病院に着いた時、皮膚病は全治していました。


※注釈

1.金鵄勲章
明治23年に軍人、軍属に対して制定されたもので、武功卓抜な行為が対象。将官、佐官、尉官、准士官、下士官、兵の階級によって功一級金鵄勲章から功七級金鵄勲章が授与された。昭和22年に廃止されている。

2.幹部候補生
陸軍士官学校卒の将校不足を補うため、大学、高等学校卒業生で軍事訓練を受け、さらに採用試験に合格した者に幹部候補生短期促成教育を受けさせ、将校になる素質をもった者を「甲種幹部候補生」下士官になる素質をもった者を「乙種幹部候補生」とした。

3.ゴンボー剣
ゴボー剣のこと。30年式銃剣。戦闘時に銃の先に取り付けて銃剣として使用した。通常は刃が無く、戦場に行く時に取りつけた。