[D-STAR]

すでにテレビ放送やDVDでは映像がデジタル化、CDやMDではオーディオもデジタル化され、無線通信でも業務用ではデジタル化が始まっている。アマチュア無線も例外ではなく、1990年代よりデジタル化に向けた研究が始まり、2000年代になると製品の市販も始まった。

現在ハムの間ではD-STARの話題がよく登っているが、このD-STARこそがJARLが開発したデジタル方式のアマチュア無線で、データ系通信と音声系通信を組み合わせ、それぞれのレピータサイトを幹線系通信で接続できる統合的なデジタル通信システムのことをいう。また、D-STARはゲートウェイを介してインターネットへの接続も可能なため、インターネット経由で遠隔地との通信も可能。音声系通信で比較すると従来のアナログ波と比べて使用する占有周波数帯幅が非常に狭く、これにより不足しがちな周波数の利用効率が大幅に改善できるという大きなメリットをもっている。

なお、業務用の無線機器ではデジタル化の理由の一つとして、秘話性の確保があるが、アマチュア無線では秘話を使用することができないため秘話機能は搭載されておらず、そのため同じ方式であれば、機器メーカーに限らずどんな無線機を使っても交信ができる。

[ネットワーク設備準備を開始]

長年研究が進められてきたD-STARであるが、いよいよ実用段階となり、平成15年(2003年)、D-STARネットワークの実証実験の準備が始まった。ネットワークを設置するエリアに関しては、当初関東エリアと近畿エリアという計画であったが、JARLから東海エリアにも早い段階で設置の打診があった。元来、特殊モードが好きな木村さんはもちろん快諾し、その担当者に東海地方本部幹事の磯直行(7L1FFN)さんを据えて、地方本部に2エリアD-STAR協議会を作った。検討の結果、名古屋工学院専門学校(名古屋市熱田区)、名古屋第二赤十字病院(名古屋市昭和区)、春日井市役所の3つのサイトに音声用レピータ(1.2GHz)ならびにデータ用レピータ(1.2GHz)を設置し、それぞれのサイトを幹線系通信(10GHz)でリンクする計画となった。

名古屋工学院専門学校は、木村さん自らが通っていたこともあり、職員の堀内豊(JH2EUO)さんをよく知っていた。名古屋第二赤十字病院には交流のある佐藤公治(JR2TDE)先生がいた。また春日井にはマイクロ波のグループがあり以前から秋山勲(JI2DQT)さん、加藤高明(JG2WIK)さん達と交流があった。「D-STARネットワークの話をしたら、皆乗ってくれた。市役所は防災面で有効、病院は非常時に有効、学校は教育面に有効、という理由だった。各施設の責任者も理解してくれ、話はトントン拍子で進んだ。このため、レピータ設置場所の交渉に大きな苦労はなかった」と言う。

[レピータシステムが稼働]

計画はしてみたものの、デジタルレピータの設置はもちろん、10GHzでのレピータリンクなど誰も経験がなかったため、「実際の機器設置にあたってはメーカーの開発者でもある櫻井紀佳さんたちの協力を得て、勉強会を開くなど大きな苦労があった」と言う。しかし東海地方本部にはマイクロ波やネットワークに精通したスタッフがいたため、準備は比較的スムーズに進み、平成16年(2004年)3月から、まずは実験局としてシステムが稼働を始めた。「設置場所の調査にはミラーテストなど面白い体験ができた」と木村さんは当時を振り返る。

2004年11月の東海地区D-STARネットワーク接続図。(名古屋大学のレピータはまだ計画段階)

当初の稼働システムは、名古屋工学院専門学校(JP2YGE)-名古屋第二赤十字病院(JP2YGG)間を10GHzのアシスト局でリンクし、名古屋工学院専門学校にインターネットとのゲートウェイが置かれた。名古屋第二赤十字病院-春日井市役所(JP2YGK)間のリンクについては、設置場所選定時には無かった建築中のビルが伸びてきて、通信不能状態になってしまったため、春日井市役所には暫定的に単独でゲートウェイが置かれ、3つのサイトのD-STARレピータがほぼ同時に稼働を始めた。名古屋第二赤十字病院-春日井市役所間のリンクはその後の課題となった。高層建築が林立してきている現在、どのルートも危機にさらされている。

当初は3サイトとも、1.2GHzのDV(音声系)とDD(データ系)レピータを組み合わせたシステムであったが、平成17年(2005年)12月、春日井市役所(JP2YGK)に430MHzのDVレピータが増設され、このレピータにアクセスすることで、430MHzの無線機でもインターネットを介して、他エリアのレピータへ接続することが可能となり、また1200MHzと430MHzが相互に交信できるようになって、ユーザーがますます増えていった。その頃には全国各地にD-STARレピータが設置され、それぞれがインターネットで結ばれるようになっていた。

[名古屋大学にレピータを設置]

平成18年(2006年)10月、名古屋大学(名古屋市千種区)にD-STARレピータが設置された。設置の許可を得ることは簡単ではなかったが、大学総長の平野眞一(JA2AXG)さんの理解が得られ、非常時には学園内ネットワークの確保や、地域防災に活かせるという理由もあって承認された。名古屋大学(JP2YGI)では、初めから1.2GHzのDDとDV、さらに430MHzのDVが稼働している。

名古屋大学のIB電子情報館屋上に設置されたD-STARレピータとアンテナ群。

名古屋大学からは名古屋工学院専門学校との間でレピータリンクを確立させたが、ここでは、5GHzが使用されている。現時点(2007年3月)でのレピータ間のリンクは、全国すべてで10GHzを使っており、5GHzが稼働しているのはここだけである。「5GHzを選んだのは、10GHz帯との電波伝搬特性の比較検討などの研究を行うことを目的としている。今後も積極的に5GHzを活用していきたい」と木村さんは説明する。現在は孤立している春日井市役所(JP2YGK)も、間もなく名古屋大学(JP2YGI)と結ばれる計画である。

名古屋工学院専門学校をねらう5GHz用のオフセット型パラボラアンテナ。

[教職員アマチュア無線クラブ]

名古屋大学にレピータを設置するに先駆け、木村さんは教職員によるアマチュア無線クラブを立ち上げた。名古屋大学には平野総長が学生時代に起ち上げた学生によるアマチュア無線クラブがあり、社団局JA2YKAを持っている。かつては日本最強のコンテストクラブの1つとして活躍していた事もある伝統のある社団局である。しかし、「システム上、学生と同じクラブに参加するわけにはいかない」と、先生と職員によるクラブ(JI2ZWN)を作った。このクラブが母体となってD-STARレピータを立ち上げたのである。

[通信訓練]

名古屋大学は東山地区のキャンパス以外にも、付属病院、付属看護学校、太陽地球研究所、農場、演習林、山地畜産施設などが離れた場所にあり、非常時に備えて、毎年10月のはじめに学内でMCA無線などを使って通信訓練(情報伝達訓練)を行っている。D-STARレピータが設置された後は、D-STARを使った映像電送のテストが行われた。

このテストは、教職員のクラブと学生のクラブが連携して行っているが、学生のクラブ(JA2YKA)も「自分たちの活動を学校にアピールするのに絶好の機会」、と大変協力的だ。この訓練には名古屋第二赤十字病院AMC(JE2ZND)も協力参加しており、周辺の春日井AMC(JA2YDX)、AMロクマル学校(JA2YYB)もバックアップしている。

JI2ZWNの開局ミーティング。前列中央が平野総長。前列左端が木村さん。