[クレーム]

特別記念局8J2AIは、来場したハムによって順調に運用が行われていった。JAIA、各メーカーを始め多方面からの支援により、十分な数の無線機、アンテナが用意できため、工作教室のように順番待ちで混乱することもなかった。しかし、しばらくすると、「8J2AIは、ちっともオンエアしていないじゃないか」というクレームが聞こえてくるようになった。木村さんは、ボランティアに対し、「ボランティアとしてブースに入っている時は、接客に徹し、自ら無線局の運用を行ってはならない」ことを徹底していた。従って、運用希望のお客様がいない時間には、8J2AIからの電波は出ていなかった。木村さんは、このことを外部に理解してもらうのに苦労したと言う。

来場したお客様が8J2AIを運用している様子

一方、ボランティアからは、「誰もお客様がいない時間には、無線局を運用してもいいじゃないですか」という意見もあった。木村さんは、「運用はボランティアではありませんよ」、「運用をするために来場したハムを接待するのがボランティアですよ」と線を引いた。ボランティアは業務用入場証で会場に入れるため、記念局の運用が目当てでボランティアになるのを防ぐことが目的だった。もちろん、ボランティアの入場証で他のパビリオンに遊びに行くことも厳禁とした。これは協会からの強い指示でもあった。

また、ボランティアに対しては事前研修を行った。逆にその研修を受けることがボランティアになる条件だった。その際に、上記のことを伝えたが、「ボランティアはみな協力的だった。違反はなかったと思う」と木村さんは言う。なお、頻繁にブースに入ってくれたほとんどのスタッフ、ボランティアは、全期間有効の一般入場券(¥17,500)を個人で買って持っていた。そのため、担当時間以外には、その一般入場券を首からぶら下げて、他のブースの見学に行っていたようだ。

木村さんは一度、中国からの留学生を連れて会場を訪れたが、留学生が一緒なので一般ゲートから入場したことがあった。そのときは、列に並び始めてからゲートを通過するのに1時間以上かかり、「お客様の苦労がよく分かった」と話す。

[待ち時間]

記念局での無線機の順番待ちは、ピークでも7MHzの様な人気バンドでさえ2、3人待ちだった。しかも、1人あたりの運用時間が30分間に制限されており、待ち時間が計算できるため、予約をしておいて自分の運用時間がくるまで、他のブースを見に行くことも可能だった。このため、順番待ちのトラブルはなかったと言う。1人30分の持ち時間ではあったが、空いていたら、もちろん次も続けて運用することができた。

お父さんと一緒に運用を行う小学3年生のハム

「ちっとも出ていないじゃないか」というクレームに関しては、D-STARでも活躍しているスタッフの磯直行(7L1FFN)さんが、運用しているバンドの掲示をWebカメラで撮影し、インターネット経由で閲覧できる仕組みを作った。時にはボランティアが、バンドの掲示を切り替えることを忘れてしまうこともあったが、このシステムによる効果はあった。「出ていないじゃないかとクレームを言うくらいなら、ぜひ来場して運用してよ」と木村さんは思ったという。

[様々なオペレーター]

ブースに来場して運用するお客様(オペレーター)に対して、「下手だ」とか「問題がある」とかいったクレームを入れる局も少なくなかったが、「このような記念局のオペレーターが全員、ドッグパイルをさばける技量がないと運用してはいけないのだろうか、と疑問に思っている」、「ベテランからビギナーまで平等に楽しめるのがアマチュア無線ではなかったかしら、と考えさせられました」と木村さんは当時を振り返る。

ボランティアのアドバイスを受けながら、初めての交信のチャレンジするビギナーハム

事実、8J2AIには、学生から年配の方まで、「無線従事者免許は取得したけれど未だ交信したことがない」「交信の仕方を教えて欲しい」というハムも多く来場した。「この様な方にはボランティアがマンツーマンで交信のお手伝いをし、運用された方はすごく感激されていましたので、将来きっと素晴らしいアマチュア無線家になることと期待しています」と木村さんは話す。

スリランカから来場したハムが運用中。右はスタッフの木村和子(JR2NPI)さん

ところで、8J2AIでは、総務省の計らいにより外国から来訪するハムによる運用も可能となった。「外国政府が発給した証明書を携帯すること」、「日本の有資格者の指揮の下で無線設備の操作を行うこと」などの条件はあるものの、日本と相互運用協定を締結していない国のハムでも運用することができた。これにより世界各国から愛・地球博に来場したハムにも8J2AIの運用を体験してもらうことができた。

一方、スタッフや、ボランティアは活動を行っている時間に運用することは許されなかったが、時間外に一般入場券で他のブースの見学に行っても良いことと同様、時間外は運用しても良いことにした。この場合は、あくまでも一般のお客様としての来場という扱いで、運用申込書も一般のお客様と同様に必要であった。

[南極・昭和基地とのスケジュール]

開局から1ヶ月が経過した「子供の日」(5月5日)、8J2AIでは、第46次日本南極地域観測隊が南極昭和基地で運用するアマチュア局8J1RLとのスケジュール交信を行った。この運用は、小学生、中学生、高校生等がアマチュア無線による南極昭和基地との交信を通じて、無線通信の素晴らしさを体験してもらうとともに、南極の自然科学に興味を持ってもらうことを主な目的としたものだった。

4級アマによる運用にも対応できるよう、周波数帯は21MHz、モードはSSBで行うことに決めていた。2005年はサンポットサイクル23の下降期で、太陽黒点数は極小期に近づいていた。そのため、「子供の日」当日に昭和基地と交信できる可能性は決して高くなかったが、必ずつながると信じて、スタッフは準備を進めた。

このサンスポットサイクルとは太陽黒点が増減する周期のことで、ほぼ11年周期で増減が繰り返される。HF帯の電波を反射する電離層は、この太陽黒点数の影響を大きく受け、一般的に黒点数が多いとコンディションが良く、黒点数が少ないとコンディションが悪い。このため、コンディションが良い時期と悪い時期は約11年周期で回っているが、2005年はHF帯の通信に対してコンディションの悪い時期であった。

約束の時間になり、まず1級アマのオペレーターが1kW出力を使って昭和基地に呼びかけると、すぐに応答があり無事につながった。昭和基地(8J1RL)側のオペレーターは濱本さんという女性だった。交信を進めるうちにコンディションがどんどんアップしていったため、8J2AI側は順次出力を落とした。そのうち、ついに4級アマでも操作できる10W出力でも8J1RLに電波が届くようになった。

そこで、待機していた2人の中学生(3級アマ・4級アマ免許所持者)にオペレーターを交代して、昭和基地との交信を実体験してもらった。この様子は翌日の新聞でも報じられニュースとなった。その後は、スタッフの村井さんにオペレーターを交代し、濱本隊員と女性同士での交信にも成功した。その交信が終わる頃には、コンディションが落ちていき、その後は交信不能となった。この間わずか20分間程度の、奇跡的なコンディションアップだった。「日々のスタッフの努力に太陽が応えてくれたのかもしれない」と木村さんは今でも信じている。

昭和基地の8J1RLと交信中の中学生ハム

その4ヶ月後、閉局を1週間後に控えた9月18日、8J2AIは南極昭和基地との2回目の交信にトライしたが、この時は太陽が味方してくれず、交信はできなかった。「HF帯でのアマチュア無線通信は自然が相手なので、さすがに自然現象には勝てなかった」と木村さんは話す。