[三重県で開催]

1992年、三重県で第34回JARL通常総会(愛称:パール総会)が開催された。JARL総会は、全国の各地方本部がほぼ順番に開催しており、前々年の1990年、石川県で開催されたJARL総会(愛称:かなざわ総会)に参加した時、「2年後はそろそろ2エリアだ」という話が出た。JARL総会の開催は準備に時間がかかるため、おおむね開催の2年前に開催地が決まり、1年前に実行委員会が組織される。

松ヶ谷さんは、かなざわ総会に、当時の三重県支部長だった市野卓二(JR2RLW)さんと出かけていたが、東海地方本部長の杉山正(JH2XPV)さんから、「愛知県、静岡県はすでに開催しているので、次は三重県で考えてくれ」という依頼を受けた。総会が終わって三重に帰ると、支部の会合で「それは大変だぞ、おおきな宿題をもらってきたなぁ」という話になった。

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パール総会記念誌

[実行委員会を組織]

実行委員長には、市野支部長が就任し、松ヶ谷さんは副実行委員長に就いた。さらに、もう一人、増田晴生(JA2KZM)さんも副実行委員長に就き、副実行委員長は2名体制となった。松ヶ谷さんは副実行委員長の傍ら、広報担当も兼任した。こうして実行委員会が組織され、1年前に沖縄県で開催されたJARL総会(愛称:ゆがふ総会)に、実行委員のメンバーで視察に行った。

松ヶ谷さんは、広報を担当したため、総会記念誌の制作に関わったが、「苦労したのは、資金集めだった」と語る。「無線機器メーカー、周辺機器メーカー、機器販売店はもとより、一般会員のハムからにも総会記念誌に広告を出してもらう方法で資金を集めた」と言う。また記念誌に掲載する資料集めにも苦労したことを覚えている。総会会場は伊勢市にある県営総合競技場体育館、前夜祭は志摩郡磯部町(現:志摩市)にある伊勢志摩ロイヤルホテルで開催することに決めた。準備は三重県支部の総力を挙げて取り組んだ。

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伊勢志摩ロイヤルホテルで開催した総会前夜祭

前日の前夜祭を終了し、5月24日総会当日を迎えた。会場には2,000名の会員が入場した。周到な準備の甲斐もあって、第1号議案から最終の第6号議案まですべて承認、議事は順調に進行しほぼ予定していた時刻に終了した。最後に翌年の総会開催地である山梨県支部の実行委員会に引き継ぎを行い総会は終了した。なお、この総会をもって、三重県支部長は、総会の副実行委員長を務め、総会前の選挙ですでに選ばれていた増田さんに交代となった。

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議事進行中のパール総会

[まつり博]

1994年7月22日〜11月6日、三重県伊勢市で、世界祝祭博覧会(まつり博・三重'94)が開催された。この博覧会の延べ入場者数は351万人に達する大きなイベントであった。当初は会場でアマチュア無線を運用するという話は無かったが、どこからか話が出てきた。松ヶ谷さんは、県に務めていた知り合いに実現の可否を相談したところ、話がスッと通ってしまい、朝熊山麓のメイン会場内に、アマチュア無線の記念局を設置することになった。すぐに記念局運用実行委員会を立ち上げ、委員長は支部長の増田さん、副実行委員長が松ヶ谷さんと決まった。

多くの来場者が見込める博覧会で記念局を開設することは、アマチュア無線のPRに大きな効果があって良いことだが、ブースの運営にはランニングコストがかかる、そこで実行委員会では寄付を募ることに決めた。具体的には、記念局のコールサインである「8J2MIP」の大判ステッカーを制作し、それを支部大会などで、会員に寄付目的で購入してもらうことにより資金を調達した。このアイデアを考えたのは松ヶ谷さんだった。

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会員に頒布した大判ステッカー

[8J2MIP]

実行委員会では、メイン会場にある来夢ランド内に、JARLブースを設置する場所をもらい、そこに記念局8J2MIPを開設した。8J2MIPは500Wの移動しない局のみを開設し、移動する局は前々年のJARL総会の時と同様に、東海地方本部の局であるJA2RLを県内のクラブが持ち回りで担当して運用した。

8J2MIPの無線機器やアンテナは、会員有志の持ち寄りで賄った。HFのアンテナはトライバンダーを建てたが、開催中に到来した台風で一度ひっくり返ったことがあった。その時使用していたローテーターは松ヶ谷さんの提供のものだったが、「落下したときに残念ながら割れてしまった」と言う。

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開局式でのテープカット。中央はJARL原会長

ブースの運営で苦労したのは、「ブースの説明員(兼留守番)の確保だった」と言う。まつり博の開催期間中は、もちろん開店休業という訳にはいかず、来客、また来訪運用者に対応するために交代で誰かが詰めていなければいけない。この時は当時学生ハムであった福田佳広(JK2VOC)さん、山口宏(JO2AXB)さんらが協力してくれたと言う。8J2MIPは会場からの固定運用オンリーだったにも関わらず、最終的に10000局を超える交信実績を残し、まつり博の閉会に合わせ、閉局した。

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8J2MIPのQSLカード

松ヶ谷さんは、「JARL総会およびまつり博の頃は、まだ仕事が現役で非常に忙しく、十分なお手伝いはできなかった」、「しかしその頃、県内の各クラブが非常にアクティブで、支部長や各イベントの実行委員を中心にうまくまとまり、これらJARL三重県支部の歴史に残る大事業を成功に導いた」と謙遜するが、松ヶ谷さんが果たした役割は大きい。