[オーディオ]

松ヶ谷さんは、昔から音楽に対する興味があり、オーディオに凝った時代もあった。それは78回転のレコードの時代で、アンプはもちろん真空管式であった。2A3シングルで「電蓄」も作った。1950年代から1960年初頭にかけて、AMでステレオ放送が実験的に放送されていた。これは、NHKの第一放送と第二放送の2波を使ったケースや、民放2局の協力による2波を使ったケースがあったという。松ヶ谷さんは、これらを受信してみた。

1960年代になると、FMステレオ放送が始まり、松ヶ谷さんは、ステレオ受信用のチューナーや、オーディオアンプも自作した。それでも「無線機の自作ほどのめり込むことはなかった」と話す。ステレオ放送では、クラシック音楽を好んで聴いた。気に入った曲は、レコードを買ってきて聴き入ったと言う。

オーディオに関してそのようなベースのある中、松ヶ谷さんの長女・順子さんが幼稚園の時に、電子オルガンを買い与えた。その後小学校に入る直前には、エレクトーンを購入した。これには松ヶ谷さんの電子的な興味もあったし、電子機器なら故障しても自分で直す自信があったことも理由の一つで、「実際にトランジスタの交換や、ハンダ付け不良の修理もたびたび行った」と言う。その後エレクトーンは、何台か買い換えた。

[ピアノを購入]

そんな中で順子さんの腕はめきめきと上達し、中学生になるとピアノを購入することになるが、たまたま新居に移る時であったため、ピアノの設置のための床の補強も新居の設計に入れてもらった。奥様から、「お父さんが無線のタワーを建てるなら、子供にピアノを買ってやって欲しい」と頼まれたのも理由の一つだ。そのため、松ヶ谷家の設計には、タワーの基礎に加え、ピアノのための床の補強も盛り込まれた経緯がある。

順子さんは、音楽関係の専門学校を卒業後、名古屋でエレクトーンの講師を始めたが、さらにレベルを高めるために東京に出ていった。そのため津の実家にはピアノが残った。演奏者がいなくなったピアノであるが、順子さんが帰省したときにはいつでも弾けるようにと、調律だけは定期的に頼んだ。松ヶ谷さんは、それぞれの音の周波数を調べ、手持ちの周波数カウンターを読みながら、自分で調整(調律)しようと試みたこともあったが、そのピアノには1つの音に3本の弦があって、それらは、それぞれ0.5Hz程度微妙に周波数が異なり、その3本できれいな音が出るような仕組みになっており、「理屈だけでは上手くいかなかった」と笑う。

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ピアノ演奏中の松ヶ谷さん。

[チャレンジを開始]

せっかく調律してもらっていることもあり、放送大学に入学する1年くらい前の64才の時、松ヶ谷さんはピアノへのチャレンジを始めた。たまたまNHK放送で「お父さんのためのピアノ講座」という、素人向けの番組が放映されており、それを見ておもしろそうだとテキストを購入したことが直接のきっかけだった。

松ヶ谷さんは、天体観察も趣味にしてることは以前に述べたが、その際よくベートーヴェンの「月光」を聞きながら、自作の望遠鏡で月を観察していたという。そのようなこともあって、まずは、「月光」にチャレンジすることにした。とりあえず「月光」の楽譜は買ってきたものの「これはとても素人では弾けない」と感じるような楽譜だった。レコードを聴きながらその楽譜を見ても、「初めのうちは、今どこを演奏しているのかすら分からなかった」と笑う。

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ルツェルン湖と月光。(JA2DJH石黒さん撮影)

それでも何度も何度も繰り返し聞くうちに、だんだんと分かるようになっていった。「どうにか音が拾えるようになるのに1年以上かかった」と言う。チャレンジを始めて7年が経過した現在、「演奏会で人に聞かせるほどではないにしろ、第一楽章だけは、何とか弾けるようになった。ある日、順子さんが帰省した際に、練習の成果を披露したところ、びっくりしていた」と話す。

ここで、ピアノ曲「月光」についてのエピソードをひとつ。作曲者であるベートーヴェン自身は、このソナタを「幻想風ソナタ」と呼んでいたが、この曲を聴いた、詩人のルードウィッヒ・レルシュターブが、第1楽章の静謐(せいひつ)な美しさを、「スイスのルツェルン湖の月光の波間に揺れる小舟」のようだ、とたとえたことで「月光」と一般化するようになったとか。松ヶ谷さんは、本年(2007年)6月のヨーロッパ旅行で、このルツェルン湖を訪れることができ、「感動もひとしおだった」と思い出を語る。

松ヶ谷さんは、現在、月光の他にもサティやモーツァルトにもチャレンジしている。また、ピアノの他にも、最近はギターへのチャレンジも始めた。これは、順子さん夫婦が、松ヶ谷さんの70才の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。

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ギター演奏中の松ヶ谷さん。

[TY WAC]

連載第19回でも触れたが、WAC(Worked All Continent 6大陸交信賞)とは、IARU(International Amateur Radio Union 世界アマチュア無線連合)の発行するアワードで、世界の6大州(アジア州、アフリカ州、北アメリカ州、南アメリカ州、ヨーロッパ州)から運用するアマチュア局と交信し、QSLカードを得ることで受賞できる。

松ヶ谷さんは、これまでの50余年に及ぶ運用で、自局と同じサフィックス(TY)の局と何局か交信した経験がある。それらを整理したところ、南アメリカ州を除いた5州の局と交信していることが判明した。「何とか最後に残った南アメリカ州と交信して、TY-WACを達成したい。もし、TYのサフィックスを持つ南アメリカ州の局が出ていたら、ぜひ情報をいただきたい」とお願いしている。

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各大陸のサフィックスTY局と交信して得たQSLカード。

[今後の予定]

体力的な理由で、アンテナいじりはもう無理だが、昔に戻って短波受信機を作ってみたい。昔SSBの黎明期に、SSB受信機を作った時は、当時として自分の最高傑作を作ったという自負がある。今持っている知識、技術とジャンクパーツの集大成で、再び自分自身で納得のいく「最高のアナログ受信機」を作ってみたいと話す。そのため、とりあえず手本になる受信機を見てみようと、松ヶ谷さんは、最近RACAL社のRA3712という中古受信機を購入した。

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RACAL社のRA3712受信機。

[最後に]

アマチュア無線は単なる趣味だが、趣味を超えて生活の一部となり、明らかに自分の人生の一部になってしまった。アマチュア無線の本当の楽しさは出会いにある。人との出会い、無線技術や通信技術との出会いである。これまでにアマチュア無線を通じて得た人脈、また得た知識は計り知れないと語る。

一つの目的を設定してとりあえず足を踏みだし、目的を達成するまでの過程を楽しむのがアマチュア無線であり、成功如何に関わらず過程が楽しめるのがすばらしい。だから今まで50年も同じ趣味を続けてこられた。これは結果が全てのプロには真似できないことだ。これからも様々なチャレンジを続けて行きたいと抱負を語る。 (完)