[なぜQUAからなのか] 

1973年、高良さんはRARCの会長に選出され、9月23日に開かれたRARCのミーティングでは、新会長として紹介されている。このミーティングの席上、コールサインの疑問点が提出された。「なぜQUAからなのか。なぜAAAからではないのか。今後どうなるのか」と議事は紛糾した。折り良く来県中のJARL九州地方本部の浦上本部長に調査を依頼することになった。

1974年1月に浦上本部長から届いたはがき

しばらくすると、浦上本部長から答えがあり、「JR6AAA以降は国鉄(現JR)が使用中のため」ということが分った。又吉さんによると「その後、国鉄は呼出し符号(コールサイン)から呼出し名称に変更され、JR6AAA以後はブランクとなったと記憶している」といい、それを知ったJARL沖縄支部は「JR6AAA以降はどこの地域にも割り当てないで欲しい」とJARLに要望する。

[JR6AAA出現] 

翌1974年1月25日付けで、浦上本部長から「JR6AAA~JR6QTZまでは今後どこにも割り当てない方針と郵政省で決定しました」との返事が沖縄支部にハガキで届き、沖縄のハムはひとまず安心したという。後に、この郵政省の「JR6AAA以下はどこにも割り当てない」という発言が問題となる。

コール問題は解決したと見られてから約2年が経った1975年10月30日、沖縄のハムに衝撃が走る。九州各地からJR6AAA以下のコールサインが飛び交い出したのである。怒ったのは沖縄のJR6のハム達である。前年初夏、九州地方本部長には井波さん、沖縄支部長には高良がそれぞれ就任していた。この結果、問題発生時に両地区の責任者ではなかった新しい2人がこのコール問題の処理に奔走することになる。

[JARLに意見書] 

JARL沖縄支部員の不満と怒りが高まった昭和51年(1976年)2月、支部長の高良さんは原JARL会長に意見書を送る。「JR6AAA~JR6QTZまでが九州電波監理局により割り当てられた件について」と題された意見書の概要は次の通りである。

-復帰にともないコールサインの2文字を残す、プリフィックスをJR6とするという要望が実現できたことに対してJARLに感謝している。しかし、今回のコールサイン問題では「JR6AAA以下をどこにも割り当てない」という郵政省の見解が反故になったことについて、JARLを信頼していただけに遺憾。

沖縄の会員はもとより、JARLの会員に対して以下の点を明白にしていただきたい。【1】JARLと郵政省との間で決定されたのにもかかわらずこの件が発生したいきさつを詳しく【2】JR6AAA~JR6QTZまでの割り当てを撤回してもらいたい。このことが不可能な場合は、沖縄のプリフィックスを変更してもらいたい。(例えばJD6など)

JARL沖縄支部長が原JARL会長に送った意見書

[JARL本部からの回答] 

高良さんが原会長宛の意見書を送ったのは昭和51年(1976年)2月13日であった。これに対して2月19日付けでJARL本部から回答が届く。回答の内容を要約すると、―JARL本部は郵政省陸上課に出向き実情を確認した。その結果、沖縄が指摘している通り昨年10月30日に本省は九州地方電波監理局に(JR6AAA以下の本免許の)通達を出している事実がわかった。

JARL本部事務局長らは、陸上課の課長、検査官、係長と善後策を協議したが、陸上課の考えは「(指摘されている件については)電波監理上、支障がないため今回の指定を取りやめることはしない」ということだった。その結果は、原会長、井波・九州本部長に報告した。-というものであった。

[大問題に発展] 

さらに2月25日付けでJARL本部から詳細な回答が届く。それによると【1】(JARLの)177理事会に問題が提出され、種々協議され、(問題のいきさつについて調査したが、(郵政省)の担当者が数度にわたり変わり、いきさつがはっきりしない【2】コールサインについては電波監理局通達4-5の付録2号18注2-2となっており、変更は不可能、というものであった。

2号18注2-2とは「沖縄において使用する呼出符号は、昭和47年5月15日(復帰当日)現在の局はJR6AA~JR6NZまで、それ以降の局はJR6QUA~JR6ZZZとする」という内容。JARL本部は「このような通達が出ている以上、変更不可能であり、(JARL本部としても)誠に遺憾である」と結んでいる。

実は、沖縄には復帰前年の12月20日付けで郵政省から復帰後のコールサイン方針の通知が届いていた。その内容は12月30日発行のRARC会報Vol.10 No4に掲載されている。それによると「復帰後はJR6とする」とともに、復帰前に許可された局には「JA6AA~JA6NZを、また、社団局にはJR6YAA~JR6ZZZまでを割り振る」と記されている。

さらに「復帰後割り当てるコールサインはJR6QUA~JR6ZZZまでとする」と記されている。高良さんはそれ以上に詳細な免許方針が1972年6月号の「CQ ham radio」に掲載されていることを後に知る。その概要はJR6AA~JR6NZ=沖縄、JR6OA~JR6ZZ=該当なし、JR6AAA~JR6QQZ=九州電波監理局管内、JR6QRA~JR6QTZ=該当なし、JR6QUA~JR6ZZZ=沖縄であった。

原会長から沖縄支部への回答