中国・上海市の名門、華東師範大学の広いキャンバスに通信工学棟を訪ねました。同大学には7人の仲間とともにクラブ局(BY4AEE)を開設した思い出があります。入り口で姚明(ヤオメン)教授がにこやかに出迎えてくれました。招かれるまま応接室に通されますと、顔見知りの主任教授や姚先生の先輩教授が居並んでおられ、いつもと少し違う雰囲気が漂いました。

日本を発つ間際、BY4AEEの活動向上をEメールでアドバイスしたためか、姚先生が日本から来る客人を外圧として利用されたように感じました。先輩や上司にクラブ活動を理解してもらい、予算を付けてもらうにはなかなかよい手と思われます。しばらくすると二人の女子学生が部屋に入ってきて慣れた手つきでお茶の用意を始めました。まだ、入学したばかりの初々しいお嬢さんたちです。背を向けた後ろ姿からは顔も見分けられません。

8年後の再会、今は名門大学の学生

笑みを絶やさず歓迎してくださる教授たちと再会を喜びながら席につきました。主任教授がBY4AEEの活動状況を話すくだりで、これまでの英語から中国語に切り替えました。はて、どなたが通訳してくださるのかと考えていますと、さきほどお茶を入れてくれた女子学生が流暢な英語で通訳を始めたのです。幼さが残るはにかみの表情から思い出したのは、上海市楊浦区(ヤンプウ)のクラブ局BY4BA所属の小学4年生と6年生の可愛らしい女の子たちでした。紛れもないその子たちが成長して華東師範大学の学生になっていたのです。

小学4年生と6年生の女の子は、高明(BA4GM)さんという指導者によってモールス符号の送受信を毎分200字が正確にとれるまでに訓練されていました。高明さんが誇らしげにその子らの通信術の妙技をBY4BAで披露してくれたのを思い出しました。と、そのとき「はーい カワイさん、あのときの○○です。しばらく・・・」「今年入学しました。工学部に・・・」姚先生の授業を受けているというではありませんか。あの幼い子が上海でも三本の指*に入るという名門、華東師範大学に入学して、通信工学を学んでいる・・・あまりの変わり様に絶句すると同時に、モールスとの出会いが彼女たちに大きな影響を与え通信工学に進路を向けるきっかけになったと知りました。(*3大名門大学は復旦大学、上海交通大学、華東師範大学といわれています)

モールスは学習効果を高める

上海市楊浦区ラジオスポーツ協会の副会長・高明(ガオミン)さんは、モールスの送信・受信の訓練を通じて頭脳の働きが活性化され、集中力が高まり、結果として数学など学力の向上が著しいと区内の小中学校を説いて回り、教育界からも注目されるようになりました。小学校から請われて毎週のように通信術を教えに出かけていました。いつぞやは招かれてその教育現場を見せていただきましたが、ハンディ機による英語の通話訓練、縦ぶれ電鍵によるモールスコードの送信と受信訓練を見せられて、生徒たちの熱心な授業態度に驚かされました。最近は電子工作の指導にまで手を広げていました。

上海は元々モダンな国際都市として名を馳せていましたから、改革解放の政策が一気に浸透して資本主義社会の新しい科学技術、それも近代的な家電製品やウォークマンなどに大きな関心を払うようになり、豊富なモノと豊かな生活に憧れを抱きながら、その延長線に手段としての英語と日本語の学習熱の高まりがありました。中でもアマチュア無線は世界に向かって開かれた窓、先進的な外国とじかに触れ合え知識欲を満足させてくれる先進的な技術への憧れといってもいいでしょう。科学技術の習得を機に進学校へ進み、一流大学や先進国への留学を果たして外資系の企業へ就職、そして高所得・・・一人っ子を大切に育て豊かさを追求する親の心情は、日本人にはとてもよく理解できます。中国にとっては新しい習い事(=アマチュア無線)は、親と子の将来への夢と希望を乗せてどんどんふくらんでいったように思えます。

アマチュア無線を奨励する教育局

中国に個人局が自宅に開設されて、日本と同じように趣味としてアマチュア無線が定着するようになりましたが、まだまだ、クラブ局で電波を出す子らに<趣味=ホビー>というよりも習い事、課外授業として受け止めて運用方法などを学んでいるように見えます。上海市各区の教育局は、特別の予算を組み、中学校(中学と高校の6年制)にアマチュア無線局の開設を奨励するなど、最新無線機の導入を各区の教育現場が競い合うのも上海独特の新しい文化への憧れがそのような特異な現象を生み出したものと考えられます。

小学生の頃から課外授業で英会話を学び、実際に英会話を使う場を海外との交信に求めて会話の力を伸ばした女の子が上海交通大学の電子工学科に入学し、クラストップの成績を残して2年間在籍の後、つてを求めてノルウェーに渡り国立大学に留学した元BY4ALC鄭正文(ツェン)さんの娘、燕(イェン)さんの例をあげるまでもなく、アマチュア無線に触れた少年少女たちが、電子工学や通信工学の世界に進む姿を目の当たりにして、科学技術への入門効果を十分に上げていると考えられ中国もまた、子供たちの旺盛な向上心と才能に支えられて科学立国を歩み始めた力強い胎動を感じました。

好奇心と将来の進路を見据えて学ぶ姿は真剣そのもの、英語による通信会話の学習と訓練も深層心理は豊かな暮らしを目指してのこと、趣味とは違うじゃないかと日本人が簡単に否定できても、中国には中国の事情があるわけで、21MHz帯のSSBで時にはワンパターンの交信を続ける少年少女たちをうるさいと思わずにむしろ、次世代を担う若者たちを温かな目で見守ってあげて欲しいと願うばかりです。

日本のアマチュア界から子供たちの声が聞かれなくなって久しいこのごろですが、ゲーム遊びに気持ちを奪われた子供たちにアマチュア界に戻ってと願ってもかなりの無理があるように思えます。豊かさ故にハングリー精神をなくし、若者たちをフリーターで良しとするある種、病んだ社会に属する私には、上海のひたむきな親と子の豊かさを求める純粋な気持ちがうらやましくてならないのです。