1.はじめに

このようなマイクロワットメータは、No.162No.165でも「その1」と「その2」を作っています。今回あるキッカケによってアイデアが生まれ、「その3」として作製しました。そのキッカケというのは、2018年に日進市で行われた東海ハムの祭典です。ここで写真1のような旧HP社の437Bパワー計ジャンクを、センサの8482A付きで購入しました。結果的にはこの8482Aが壊れており、使えませんでした。この8482Aには写真2のような熱電対が使われており、これが断線していました。恐らく過大入力によるのでしょう。何とか使えるようにダイオード式への改造を試みたのですが、これは無謀でした。センサは全体が金メッキの基板で、さすがに旧HPの製品です。

 
写真1 入手したHPのパワー計437Bと、センサの8482Aです。
 

 
写真2 熱電対は中央の黒い点です。米粒どころかゴマ粒か砂粒です。

 

結局今のところ使えるのは、本体にある50MHzの0dBmの基準信号だけなのです。しかし、これを使うとμWからkWまで測れる、ちょっと面白いパワー計ができる事に気が付きました。もちろんkWでは他に作るものが大掛かりとなり、そう簡単ではありません。基準信号の使い方としては437Bと全く同じで、自作パワー計の基準にしようという計画です。転んでもただでは起きない、という事でした。このように作ったものが写真3のマイクロワットメータ「その3」です。

 
写真3 このようなマイクロワットメータを作りました。
2.考え方

今まで何回も使ったAD8307ですが、秋月電子で1500円だった頃に購入したものが残っていました。最近では中国より購入すると激安という事もありますが、良く使われる定番のICになったようです。似たような規格のICはかなり出回っていますので、好みで選んでも良いと思います。

このデータシートを見ていると、図1のような部分があります。周波数によって出力が多少変動しますが、私が使用する100MHz以下であれば気にする必要はなさそうです。50MHzの0dBmの基準で校正し、数値的に処理すれば正確な測定器ができる事になります。直線部分を使う事とし、-60~+10dBmを測定範囲としています。同じAD8307を使ったNo.165とは真逆のような使い方になりますが、これはこれで面白そうと思ったのです。

 
図1 AD8307の入力出力の特性。(AD8307のデータシートから)
 

つまり図2のような作り方をすると、50MHzの0dBmの基準で校正する事ができます。図1のグラフの傾きが直線とすれば、正確なマイクロワットメータができる事になります。この仮定には少々無理もありますが・・。更に、図3のように30dB程度のアッテネータを使うこととします。アッテネータを入れて校正すると-30dBmが入力されて、この値を0dBmとして記録する事になります。アッテネータをそのままにして10W(+40dBm)を測ると+10dBmが入力されます。すると+40dBmと正しく計算できます。このように10Wでも測定が可能で、アッテネータ次第ですが100Wでも1kWでも測れる事になります。しかもアッテネータを含めて校正できますので、特に正確でなくても耐電力だけあれば良い事になります。このようなソフトですので、基準と測りたい信号の両方がAD8307の測れる範囲内であれば、計算ができます。

 
図2 本機の構成。
 

 
図3 このように、10Wの測定でも使用可能です。アッテネータ次第で1kWでも測れる事になります。

 

また、別に外部の500MHz基準を作れば、500MHzでも正確に測れます。もちろん、この基準の方が大きな問題になります。結局は外部の基準に頼ってしまい、「誰でも簡単に」という訳には行きません。このように、面白いマイクロワットメータが作れると考えて、実験を始めました。

3.実験

まずはAD8307を使ったセンサ部分を写真4のように作り、実験ができるようにしました。こんな作り方では500MHzはNGですが、私的には50MHzまで測れれば充分です。もし500MHzを目指すのであれば、もっと高周波的に上手に作る必要があります。このようなセンサ部分は中国製が基板付きで沢山売られていますので、その方が早いでしょう。AD8307以外でも同じようなICが沢山あります。

次に写真5のようにテスト用ボードを使って動作試験を行いました。もちろんソフトの開発も並行して行いました。これで試したところ、dBm表示として小数点以下1桁は充分に測れそうです。CPUにはAVRのTiny861Aを使い、センサの出力電圧をA/D変換で読んでいます。AVRのA/D変換は10ビットですので0~1023通りしかありません。これをdBm表示に変換すると、小数点以下1桁がギリギリになります。そこで読み込みを3000回行い平均する事で精度を上げようとしました。ところが、これは周波数カウンタと違う事に気が付きました。平均にするのは良いのですが、数値間の穴埋めにはならないようで、変化時には段差ができてしまいました。外付けの12ビットA/D変換を使う事はできるのですが、元々AD8307には図4のような誤差があります。従って、あまり精度を求めても限界があり12ビットにして意味はないと考え、10ビットのままにしました。その上HP製とはいえ、ジャンクの測定器を基準にしようとするのですから、過大な期待をしても仕方ありません。

 
写真4 最初に作ったAD8307のセンサ部分です。
 

  
写真5 テストボードを使った動作試験です。

 

 
図4 AD8307の誤差を表します。(AD8307のデータシートから)

 

次に50MHzの基準発振器を実験しました。スプリアスがある程度少なく、出力を可変できるように実験を行い写真6のように作りました。細かいレベル調整は後回しとして、ざっと0dBmに合わせました。これを使って校正できるようにソフトを進めました。

最後に行ったのがアッテネータを使った実験です。最終確認として、30dBのアッテネータを入れて校正し10Wが測れるかを試しました。これが上手く測れました。超楽しいと感じる瞬間です。ネットで検索するとAD8307を使ったレベルメータは沢山ヒットしますが、このような基準を使って校正するような仕掛けは出てきません。
 

 
写真6 次に基準発振器を作りました。
4.回路

図5のような回路としました。AD8307のセンサは一般的な回路です。CPUはAVRのTiny861Aですが、必要となる入出力の本数が少ないため充分です。LCDに使う以外にはキャリブレーションのスイッチしかありません。A/D変換器はTiny861A内部の10ビットを使っています。
 


図5 全回路図になります。
 

A/D変換の基準にはNJM431を用い、2.72Vを作りました。変動を考えてですが抵抗値の温度特性もありますので、気持ちの問題程度でしょう。図1のAD8307の出力が最大で2.5V程度ですので、もう少し低くても良かったかと思います。

50MHzの基準には写真7の発振器を用い、簡単に済ませました。HPの基準は50MHzですが、実際には48MHzを使っています。まあ全体からすれば誤差の範囲と思います。これは50MHzが入手できなかったためです。この48MHzは秋月電子で入手しました。もちろん理想的には50MHzです。
 

 
写真7 基準発振器に使った発振器です。実は48MHzです。

5.作製

実験しながら計画を進めて作りましたので、このような説明のために少々無理な分割をしています。まずセンサ部分を完成させ、次に50MHzの基準を作製しています。この部分は実験時に完成していましたが、この実装図は図6と図7になります。センサ部分は基板ごと購入しても同じでしょうし、基準にしても作り方はいろいろとあるでしょう。

 
図6 センサの実装図になります。
 

 
図7 基準の実装図になります。

 

メインになるCPU基板の実装図は図8のように作製しました。そして写真8のようにハンダ付けしました。ハンダ面が写真9となります。LCDを付けると写真10のようになります。この状態で動作チェックを行い、正常性を確認しました。

 
図8 CPU基板の実装図になります。(DB4~7もそれぞれジャンパーします)
 

 

写真8 CPU基板を作製したところです。
 


写真9 ハンダ面になります。

 

  

写真10 LCDを付けるとこんな感じになります。
 

ケースにはタカチ電機工業のYM-130を用い、写真11と写真12のように穴あけをしました。基板の固定用に、同じタカチ電機工業の「貼り付けボス」を貼ったところが写真13になります。右側にある「5個目」はLCDを固定するためです。ソケットだけでは不安定ですので、「貼り付けボス」に2.6mm用のカラーを強引に接着しました。径が合わないのでタップが使えず、仕方なくエポキシ系の接着剤を使いました。ケースに高さがないため、LCDの表示部分だけでなく全体が外に出るような構造にしました。組み立てた内部の様子が写真14です。配線を行った様子が写真15になります。LCDのサイズを考えた実装方法です。

 

写真11 ケースに穴あけをした様子です。
 


写真12 ケースの上側にも穴あけをします。スイッチ類とLCD用になります。

 


写真13 貼付けボスを貼ったところです。これで基板を固定します。


 
写真14 基板等を組み立てた様子です。

 

 
写真15 配線をした様子になります。
 

少々配置で上手くない部分がありました。50MHzの0dBmをONするトグルスイッチが、その発振器の基板に接触してしまいました。もう少し左側にすべきでした。トグルスイッチは背の低いものに変更し、端子部分をニッパで切断して短くしました。基板側は接触しても支障のないように、絶縁性のカプトンテープを貼りました。何しろ部品面がアースになっていますので、接触すると電源が地絡します。そのため写真6はカプトンテープの黄色い部分が目立つのです。大きめのYM-150にすれば、楽なケーシングができたのでしょう。

6.ソフトと調整

最初の調整は、50MHzの基準発振器のレベル合わせになります。もちろんハード的な調整で、図7の基準発振器のVRを回して、HPのパワー計と同じレベルに合わせます。この部分は他の測定器に依存するしかありません。

ソフトはBASCOM AVRを使って作りました。AD8307の出力をA/D変換した後は、ソフトによって計算しています。それ程込み入ったソフトではありません。取りあえず置いておきますが、割と簡単に作れると思います。

なお、PCの環境はWINDOWS XPで、BASCOM AVRの製品版 VER.1.11.9.8を使ってコンパイルしています。書き込みはAVR ISPmk2ですが、基板のISP端子との接続には自作の変換ケーブルを使っています。これ以外の環境についての確認はしていません。

ソフトとしては、まず電源ON時に基準の0dBmを接続するように促します。そのA/D変換した値を0dBmとして記録します。次にフリーランに入りますので、ここで入力があると、まずA/D変換を行いLCDに表示します。普通の測定時はこれで良いのですが、最初の調整としては低いレベルでの微調整をします。つまり図1の角度の調整になります。私は20dBと40dBのアッテネータを用意し、別途、他の測定器で減衰量を測定しました。これを連結して測定すると、合わせて60.09dBでした。仮にソフトでの係数Kを10としていたのですが、このアッテネータを入れて測ってみると-58.24dBmでした。期待する表示は-60.09dBmになりますので、Kは10×(58.24/60.09)=9.6921が正しい値となります。Kは割り算で使っていますので、ちょっと解り難くい説明になってしまいました。ソフトが使えないと微調整ができないのが欠点ですが、ここは固定値で大丈夫と思います。正確な基準とアッテネータをお持ちであれば、このようにソフトでの微調整が可能です。これでAD8307の出力がリニアから外れていなければ、ピタリと合うはずです。アッテネータは20dBと40dBを連結しましたので、片方ずつに分けて測ってみました。さすがに小数点2桁はズレましたが、中間もほぼ一致しました。この後で、意味が無いため表示する表示は小数点は1桁にしました。

電力(W)はdBmより計算しています。これはdBmの値を10で割ってAとすると、POWER(10,A)で求めます。電力からdBmを求める計算の逆になります。dBmでは何の調整も不要ですが、電力のLCD表示は面倒です。桁に合わせて表示する数と単位を変える必要がありました。さすがに1kW表示には対応していません。1000Wと表示するはずですが、試してはいません。


ソフトダウンロード

7.使用感

動きが軽快で見事に測ってくれます。全ては基準のレベルに依存するのですが、たまにHPの837Bで校正する程度で充分のようです。季節の温度変化によるレベル変動も考えられますが、今のところ大きな変動はないようです。但し長い期間使用したわけではなく、実際には良く解っていません。これでHF帯が正しく測れるのですから楽しいです。とは言っても検証する手段は持っていません。10Wの測定も実際に試して上手く測れました。

しかし、このレベルメータには欠点があります。前述のようにAD8307の特性が図4のようにレベルによって多少の変動があるからです。従って0dBmの基準が正確であっても、0.5~1dB程度の誤差は避けようがありません。その点は充分に考慮して下さい。もちろん、それ以前にジャンク測定器の基準の信頼性は?という問題もあり、徐々に深みにハマって行きます。そのため、この先には「その4」や「その5」が登場するかもしれません。