無線通信は、漁業において安全かつ効率的な操業を行うために欠かせない存在です。沖合や遠洋での操業中に陸地や他の船舶と連絡を取ることができる無線設備は、漁業者の安全な航行をサポートし、効率的な漁獲を支える重要なツールとなっています。

本記事では、漁業で使用される無線機の種類や必要な資格、便利な機能、さらには導入時に活用できる補助金制度まで、漁業無線に関する基礎知識を幅広く解説します。

なぜ漁業に無線が必要なのか

漁業において無線通信は単なる便利なツールではなく、安全な操業に不可欠な設備です。特に海上という特殊な環境下において、その重要性は一層高まります。

船舶同士や漁協・港との連絡手段

複数の漁船で操業する場合、船同士の連携は漁獲効率を大きく左右します。豊漁ポイントの共有や、分担して広範囲を探索するなど、連携プレーが可能になります。また、水揚げのタイミングや必要な準備を着岸前に伝えることで、帰港後の作業がスムーズに進みます。

気象情報の受信や緊急時の通信

刻々と変化する気象情報や海流の状況、さらには他の漁船の動向など、漁業活動に影響を与える情報を常に入手できることは、効率的かつ安全な操業につながります。海上で突然の気象変化や機械トラブルに遭遇したときでも、無線通信があれば迅速に救助要請を出すことができ、適切な対応が可能になります。

携帯電話が使えない海域での必須手段

携帯電話の通信エリアは一般的に沿岸から約10km程度で、それ以上の沖合では圏外となります。漁業の多くは、こうした携帯電話の通信エリア外の海域で行われるため、無線通信は不可欠な連絡手段と言えます。

災害・遭難時の重要な通信手段

内閣府の「令和4年交通安全白書」によれば、令和3年の海難における救助率は95%に達しています。この高い救助成功率は、海上保安庁の救助・救急体制の充実強化によるものです。

海上保安庁では、海難発生時の迅速な通報が救助成功率を大きく左右するとしています。そのため、無線設備による早期の救助要請は、人命救助において極めて重要な役割を果たしているのです

参考:第1章 海難等の動向|令和4年交通安全白書(全文) - 内閣府

小型旅客船に対する無線設備導入の強化

過去に発生した遊覧船の事故を受けて、国土交通省では小型旅客船等の安全対策として、法定無線設備の原則義務化を実施しています。この流れは漁船の安全対策にも影響を与えており、無線設備の重要性がより一層認識されています。

漁業で使われる無線機の種類と必要な資格や手続き

漁業で使用される無線機は、通信距離や用途によっていくつかの種類に分けられます。それぞれ特徴や必要な資格が異なりますので、自船の操業スタイルに合わせて選ぶことが重要です。

遊覧船の事故を受け強化された安全対策により、小型旅客船への無線設備の搭載が義務化され、AISの搭載も推奨されています。これらの動きは、漁船を含む船舶の安全対策にも参考となる重要な指針となります。

中短波帯無線電話装置

中波(MF)と短波(HF)の両方の周波数帯を使用する無線機で、より広範囲の遠距離通信が可能です。

主な特徴
  • 通信距離が長く、数百km〜数千kmの通信が可能
  • 遠洋漁業や外洋での操業に適している
適用海域 主に遠洋漁業
必要な資格 「第二級海上特殊無線技士(二海特)」以上の資格と無線局の免許が必要となります。
主な特徴
  • 通信距離が長く、数百km〜数千kmの通信が可能
  • 遠洋漁業や外洋での操業に適している
適用海域
主に遠洋漁業
必要な資格
「第二級海上特殊無線技士(二海特)」以上の資格と無線局の免許が必要となります。

27/40MHz小型漁船用無線機

小型漁船向けの無線機で、比較的短距離の通信に利用されます。

主な特徴
  • 27MHz帯と40MHz帯の2つの周波数帯を利用可能
  • DSB(1W)とSSB(25W)の2つの方式がある
  • 同じ漁港の漁船同士のコミュニケーションに適している
  • 一部の機種では秘話機能を搭載しており、漁場情報を安全に共有可能
適用海域 主に沿岸漁業、一部沖合漁業
必要な資格
  • ・SSB(25W)機:「第2級海上特殊無線技士(2海特)」
  • ・DSB(1W)機:「第3級海上特殊無線技士(3海特)」
主な特徴
  • 27MHz帯と40MHz帯の2つの周波数帯を利用可能
  • 同じ漁港の漁船同士のコミュニケーションに適している
  • 一部の機種では秘話機能を搭載しており、漁場情報を安全に共有可能
適用海域
主に沿岸漁業、一部沖合漁業
必要な資格
「第四級海上特殊無線技士(四海特)」の資格と無線局の免許が必要です。

国際VHF無線

国際VHF無線(Very High Frequency)は、船舶の航行安全や通信のために広く使用されている海上通信システムです。主に沿岸域での通信に使用され、一般的な通信距離は20〜50km程度です。

主な特徴
  • 漁場情報の共有や緊急時の通信が可能
  • 国際的な共通チャンネルを使用するため、外国船舶とも通信可能
  • チャンネル16(156.8MHz)は遭難・安全・呼出用の国際共通周波
  • デジタル選択呼出装置(DSC)付きの機種では、DISTRESSボタン一つで遭難信号の送信が可能
適用海域 沿岸漁業、沖合漁業、遠洋漁業すべてで使用可能
必要な資格 国際VHF無線電話を操作するには「第三級海上特殊無線技士(三海特)」以上の資格と、船舶局の免許申請が必要です。
主な特徴
  • 漁場情報の共有や緊急時の通信が可能
  • 国際的な共通チャンネルを使用するため、外国船舶とも通信可能
  • チャンネル16(156.8MHz)は遭難・安全・呼出用の国際共通周波
  • デジタル選択呼出装置(DSC)付きの機種では、DISTRESSボタン一つで遭難信号の送信が可能
適用海域
沿岸漁業、沖合漁業、遠洋漁業すべてで使用可能
必要な資格
国際VHF無線電話を操作するには「第三級海上特殊無線技士(三海特)」以上の資格と、船舶局の免許申請が必要です。

デジタル簡易無線

デジタル方式で通信を行う無線機です。音声品質が良く、陸上でも使用可能なため汎用性が高いのが特徴です。ただし、船舶の航行安全を確保するための通信には使用できないため、主に船員間のコミュニケーションや陸上スタッフとの連絡などに活用できます。

主な特徴
  • クリアな音声品質と秘話機能によるプライバシー保護
  • 陸上・海上の両方で使用可能で汎用性が高い
  • 小型軽量で持ち運びやすい機種が多い
  • 通信距離は環境によるが、一般的に5〜10km程度
適用海域 沿岸漁業での業務連絡用
必要な資格 「デジタル簡易無線登録局」として登録することで使用可能です。無線従事者資格は不要ですが、登録申請の手続きが必要です。
主な特徴
  • クリアな音声品質と秘話機能によるプライバシー保護
  • 陸上・海上の両方で使用可能で汎用性が高い
  • 小型軽量で持ち運びやすい機種が多い
  • 通信距離は環境によるが、一般的に5〜10km程度
適用海域
沿岸漁業での業務連絡用
必要な資格
「デジタル簡易無線登録局」として登録することで使用可能です。無線従事者資格は不要ですが、登録申請の手続きが必要です。

衛星無線

人工衛星を利用した通信システムで、地球上のどこでも通信が可能です。

主な特徴
  • 地球上のほぼ全域で通信可能
  • 天候や地形の影響を受けにくい
  • 音声だけでなく、データ通信も可能な場合が多い
  • 通信料が必要な場合が多い
適用海域 遠洋漁業
必要な資格 ほとんどの場合、無線従事者資格は不要です。しかし利用には、衛星通信サービスへの契約や通信料の支払いが必要となることが多いです。
主な特徴
  • 地球上のほぼ全域で通信可能
  • 天候や地形の影響を受けにくい
  • 音声だけでなく、データ通信も可能な場合が多い
  • 通信料が必要な場合が多い
適用海域
遠洋漁業
必要な資格
ほとんどの場合、無線従事者資格は不要です。しかし利用には、衛星通信サービスへの契約や通信料の支払いが必要となることが多いです。

AIS(船舶自動識別装置)

船舶の位置、針路、速度などの情報を自動的に送受信するシステムです。遊覧船の事故を受けて強化された旅客船における安全対策においては、AISの搭載も推奨されています。

主な特徴
  • 周辺船舶の動向をリアルタイムで把握可能
  • 衝突防止や安全航行に役立つ
  • 自船の位置情報を周辺船舶に自動送信
  • サイレントモード搭載機種においては、位置情報の送信を一時停止可能
適用海域 沖合漁業、遠洋漁業(沿岸でも有効)
必要な資格 一般的に無線従事者資格は不要ですが、設置には届出が必要です。
主な特徴
  • 周辺船舶の動向をリアルタイムで把握可能
  • 衝突防止や安全航行に役立つ
  • 自船の位置情報を周辺船舶に自動送信
  • サイレントモード搭載機種においては、位置情報の送信を一時停止可能
適用海域
沖合漁業、遠洋漁業(沿岸でも有効)
必要な資格
一般的に無線従事者資格は不要ですが、設置には届出が必要です。

海域別無線機の使い分け

沿岸漁業(主に12海里以内)

27/40MHz小型漁船用無線、国際VHF、デジタル簡易無線(業務連絡用)
携帯電話も補完的に使用可能

沖合漁業(主に12〜200海里) 国際VHF、27/40MHz小型漁船用無線、AIS
携帯電話は通信エリア外
遠洋漁業(200海里以遠) 中短波帯無線、衛星通信、国際VHF
大型船ではGMDSS設備
沿岸漁業(主に12海里以内)    
27/40MHz小型漁船用無線(DSB/SSB)、国際VHF、デジタル簡易無線(業務連絡用)
携帯電話も補完的に使用可能
適用海域
国際VHF、27/40MHz小型漁船用無線(DSB/SSB)、AIS
携帯電話は通信エリア外
遠洋漁業(200海里以遠)
中短波帯無線、衛星通信、国際VHF
大型船ではGMDSS設備

各無線機の比較表

以下の表で、各無線機の主な特徴を比較してみましょう。

無線機の種類 通信距離 必要資格 適用海域 特徴
中短波帯無線 中波帯で約500km
短波帯で数百〜数千km
第二級海上特殊無線技士以上 遠洋 長距離通信、大型設備
27/40MHz無線 DSB:約50km
SSB:約90km
DSB:第三級海上特殊無線技士以上
SSB:第二級海上特殊無線技士以上
沿岸・沖合 近距離通信向け
国際VHF無線 約50km 第三級海上特殊無線技士以上 沿岸・沖合・遠洋 国際標準、DSC機能
デジタル簡易無線 約1km~4km 不要(登録制) 沿岸(業務連絡用) 高音質、秘話機能
衛星無線 地球上のほぼすべての場所 不要(契約制) 遠洋 どこでも通信可能
月々の通信料が必要
AIS 周辺船舶の探知 不要(届出制) 沖合・遠洋 衝突防止、自動識別

記載の通信距離は目安です。通信距離は無線機の使用環境などによって変動します。自船の操業範囲や通信ニーズに合わせて、最適な無線機を選択することが重要です。
 

漁業に便利な無線機の機能

現代の漁業用無線機には、単なる音声通話以外にも様々な便利な機能が搭載されています。これらの機能は安全性向上や操業効率化に大きく貢献します。

緊急時の通報システムと安全確保

DSC(デジタル選択呼出装置)
国際VHF無線機に搭載されているDSC機能は、緊急時に専用のDISTRESSボタンを押すだけで、自船の位置情報を含む遭難信号を自動送信します。海上保安庁や周辺船舶に即座に通報できるため、救助活動が迅速に開始されます。

自動識別装置(AISトランスポンダー)との連携
AISを搭載した無線機では、周辺船舶の位置・針路・速度などをリアルタイムで把握できるため、見通しの悪い湾内や荒天時、視界不良時の衝突防止や安全航行に役立ちます。

GPS・AIS受信機能による位置把握

GPS受信機能
GPSと連携した無線機では、自船の正確な位置情報を通信に含めることができます。これにより、遭難時の救助活動がスムーズになるほか、好漁場の位置情報を正確に記録・共有することも可能です。

AIS受信機能
高機能な無線機では、AIS情報を受信し、ディスプレイに表示できるものがあります。周辺船舶の動きをリアルタイムで把握でき、AISで船名を確認してから無線で呼びかけることもできるので、混雑海域での操業時に特に役立ちます。

秘話機能や暗号化通信のメリット

秘話機能
デジタル簡易無線などに搭載されている秘話機能を使用すると、特定のコードを知っている相手とだけ会話ができるようになります。好漁場の情報や戦略などを他船に聞かれることなく通信できるのがメリットです。

グループ通信
特定のグループ内だけで通信できる機能も便利です。同じ船団内の連絡や、特定の漁協メンバー間での情報共有に活用できます。

防水・防塵性能
海上という厳しい環境で使用する無線機には、高い防水・防塵性能が不可欠です。無線機の防水・防塵性能は「IP(Ingress Protection)」規格で表示されています。例えば「IPX7」は水面下1mで30分間水中に没しても内部に水が入らない防水性能を意味します。漁業に使用する無線機であれば、IPX7以上の防水性能を持つ無線機を選ぶことをおすすめします。

漁業無線機導入時の補助金・支援制度活用法

漁業用無線機の導入や更新には、様々な公的支援制度を活用できる場合があります。これらの制度を上手に利用することで、経済的負担を軽減しながら最新の通信設備を導入することが可能です。

水産庁の漁業支援事業

水産庁では「水産業競争力強化漁船導入緊急支援事業(漁船リース事業)」をはじめとする各種支援事業を実施しています。これらの事業では、漁船の安全性・作業性向上のための設備導入に対して補助金を交付する場合があり、無線設備も対象となることがあります。

補助率:事業によって異なりますが、一般的に導入費用の1/3〜1/2程度

申請方法:所属する漁協や都道府県の水産部門を通じて申請するケースが多いです。

参考:水産業競争力強化漁船導入緊急支援事業 - 水産庁

AIS機器導入の支援制度

船舶自動識別装置(AIS)は、船舶の衝突防止に役立つ重要な安全装置です。国土交通省や地方自治体によっては、漁船へのAIS導入を促進するための補助金制度を設けている場合があります。

対象:主に総トン数20トン未満の小型漁船

補助内容:AIS装置の購入・設置費用の一部(地域によって異なる)

各都道府県の支援制度

漁業が盛んな都道府県では、独自の漁業支援制度を設けています。これらの中には無線機器の導入支援が含まれているケースもあります。

支援内容:低利融資や導入費用の一部補助など

申請窓口:各都道府県の水産課や漁業振興課

このように、国から地方自治体まで、漁業をサポートする様々な支援制度が用意されています。無線機器の購入を検討される際は、事前にどのような制度が利用できるか調べてみることをおすすめします。詳しい制度内容や最新情報、申請条件などについては、地域の漁協や都道府県の水産関係機関にお問い合わせください。

アイコムのおすすめの無線機ラインナップ

アイコムでは、漁業のニーズに応える様々な無線機をラインナップしています。それぞれの操業スタイルや予算に合わせて、最適な製品をお選びいただけます。

デジタル簡易無線

■IC-DPR45

5Wの高出力と優れた防水性能(IP67)を両立したハンディタイプのデジタル簡易無線機。秘話機能と個別呼出機能を備え、特定のグループ内での通信に最適です。陸上作業と海上作業の両方で使用できる汎用性も魅力です。

■IC-DU45

車載・船舶設置型のデジタル簡易無線機。5Wの高出力で安定した通信が可能です。外部アンテナ接続により通信距離を延ばすことができ、岸壁設備と漁船間の連絡用としても活躍します。秘話機能や緊急呼び出し機能も搭載しています。

衛星通信システム

■IC-SAT100

イリジウム衛星を利用した衛星通信端末。地球上のどこでも通信可能なため、遠洋漁業や沿岸から離れた海域での操業に最適です。一般的な無線機と同様の操作感で使用でき、グループ通話機能も搭載。緊急時の通信手段としても信頼性が高い製品です。

AIS機器

■MA-510TRJ

クラスBのAISトランスポンダーです。自船の位置情報を周辺船舶に送信すると同時に、周辺船舶の情報も受信・表示します。周囲船舶に、自船の位置や動向を把握してもらえるため、漁労作業中の安全確保に貢献します。サイレントモードを搭載しており、船舶の位置情報の送信を一時的に停止することができます。漁場を他船に知られたくないときなどに活用できます。

まとめ

漁業において無線通信機器は、単なる連絡手段ではなく、安全な操業を支える重要な設備です。本記事で紹介したように、漁業で使用できる無線機は多岐にわたりますが、自船の操業スタイルや航行範囲、使用したい機能などに合わせて、最適な無線機を選ぶことが重要です。アイコムでは、長年培った無線技術と日本国内での製品開発により、多様なニーズに応える無線機器をご提供しています。さまざまなジャンルの無線機を取り揃えていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。