第26話 「黒い霧」と「張番」と 〜政治浄化への挑戦〜



「おじいちゃん、マニフェストって、何です・・・・」。ポスターに見入る老夫妻。この選挙で民主党は、近畿の第1党になった。大激戦の大阪9区でも民主党が勝った。(03年11月9日の投票日、大阪9区の池田市の投票所前で写す)

「マニフェスト(政権公約)」−−。11月の総選挙で、津々浦々を席巻したこの言葉を2003年の「流行語特別大賞」に推したいと思う。耳慣れないこの言葉が、わが国に「2大政党対立」という新しい政局を産みだしたからだ。

「小泉vs菅」−−。対決の構図は鮮明だった。しかし対決が浮き彫りにした争点は、目を見張るほど多岐にわたった。不況、倒産、失業、年金、教育、消費税、郵貯、道路公団、公共事業、拉致、イラクへの自衛隊派遣、さらに憲法も・・・・。どれもこれも切実で、深刻だった。あすの暮らしを託すのは、自民か民主か・・・・。1票のすがる思いの選択が「2大政党の対立」に結びついたのだろう。

しかしもうひとつ、置き去りにされた「争点」がある。朝日が公示前日の社説に「このうんざりを忘れずに」と書いた「不祥事議員」のことだ。

「自民党も民主党も(中略)、日本を動かしたり、つくったりする前にやってもらいたいことがある。政治家と政党の我が身の改革だ・・・・」
社説は2大政党に、厳しい注文をつけた。当然だろう、前回総選挙から3年の間に起きた国会議員の不祥事件は、まだ記憶に生々しいからだ。汚職、右翼団体や暴力団との関係、大学入試の口きき、女性問題、秘書の給与疑惑、裏金疑惑、選挙違反・・・・。

社説を読みながら、あの「黒い霧解散」を思いだした。1966年(昭和41年)、ビートルズが来日した年だった。政界は、不祥事件に揺れ続けた。田中彰治代議士が、衆院決算委員長の地位を利用したとして恐喝、詐欺、偽証容疑で逮捕される。製糖会社の不正融資事件や国有林の払い下げ問題では、50余人もの国会議員が東京地検の事情聴取を受ける。防衛庁長官が自衛隊機に乗り込んでお国入りする、運輸大臣も地元の駅に急行列車を臨時停車させる・・・・。

なんとも破廉恥で、度し難い公私混同・・・・。これが、私たちが「信」を託した選良なのか・・・・。たるみきって、まるで「黒い霧」に包まれたように国会審議はマヒした。世論が沸騰する。「年明けには解散・・・・」と、代議士たちが里帰りを始める。


「黒い霧払え」。新年早々の総選挙、公示が迫る。鏡餅を飾り、「祈必勝」「祈当選」の張り紙が並ぶ。事務所開きの準備に忙しい選挙事務所(67年1月7日、大阪・都島区で、玉田耕三郎さん写す)


「さあ、総選挙・・・・」。編集局に「選挙本部」ができた。春には、統一地方選挙が控えている。「厳しい長期戦になるぞ」と、大阪府庁の朝日の記者室で有賀聞平キャップら3人は腹をくくった。私もその一人だった。

選挙報道で、社会部記者の役割は何か。端的にいえば、有権者の暮らしのなかに軸足を据えて、その実態と政治との落差をえぐり出すことだ。東京五輪の前年、63年の「ムード解散」のときも府政担当だった。支局時代には58年の「話し合い解散」、60年の「安保解散」も経験した。だが「黒い霧」ほど汚辱にまみれた解散はなかった。

選挙の裏側が汚なすぎる。だから、政治が腐ってしまうのだろう。この選挙のテーマは「選挙浄化」でやろう。「黒い霧」候補は徹底的にマークする。選挙で私腹を肥やす輩の実態を探ろう。農山漁村に根強い因習選挙も、えぐり出そう。社会部でなきゃ、こんな取材はこなせない。これで、統一地方選挙まで突っ走ろう・・・・。

異論があった。「報道の自由」というが、選挙報道は正確で公正、中立でなければならない。「選挙妨害」に問われる危険はないか、と。

師走半ばになって「年内解散」と情勢は急転した。編集局は、一気に総選挙態勢に入った。社会部の担当デスクも決まった。「選挙班集合」−−。社会面の選挙報道の中心になる大阪府、市、労働担当と遊軍の9人に、デスクが切り出した。

「メーン・テーマは“政治浄化”・・・・。これに絞るぞ・・・・」
驚いた、デスクも同じ思いだったのだ。しかも「選挙浄化」じゃなく、一気に「政治浄化」ときた。やはり異論が出た。デスクはしかし、強気だった。

「事実を書こう、それでいい。朝日が先頭に立たなくてどうする・・・・」
「元旦紙面からスタートしよう。やぶちゃん、考えてくれ・・・・」
佐藤栄作首相が衆議院を解散したのは、暮れも押し迫った27日。これが66年の流行語としていまに残る「黒い霧解散」である。投票日は1月29日と決まった。

大晦日の夕刻、デスクに原稿を出した。予定通り、元旦社会面のトップを飾った。

「総選挙 住民ぐるみ監視」「政治浄化へ新しい決意」
「“黒い霧”の実績のある人には投票しない」「法定選挙費用以上の金を使う人にも投票しない」「私たち自身も誘惑に負けない」−−。会員4万人の「関西主婦連合会」がこう決議したという話を中心に、大阪市の青年団体協議会や富山県の「働く婦人と主婦の会」など、各地の動きをまとめた記事だった。その冒頭に、私はこう書いた。

「私たちの一票で“黒い霧”を吹き飛ばそう・・・・」
「どの政党も、候補者も、この声に真剣に耳を傾けてほしい。これが全国の有権者
6358万余人の願いである」
次のターゲットは、選挙を食いものにする「ホウマツ」だ。公示の8日までに、なんとしても書きたい。大阪の“ひげのおじさん”を訪ねた。運送業を営みながら衆議院、参議院、知事と大きな選挙なら何でも立候補する選挙マニアだ。何度も取材した顔なじみだが、今度の選挙からは追放せねばならない「ホウマツ」になる。

この選挙で新聞は、選挙報道の倫理基準を自主的に決めた。それが「ホウマツ=泡沫」である。前回63年の総選挙で、東京の政治団体が柿沼二六、塚田二七など、まるで背番号のような候補を27人も立て、公営選挙の上前をはねて900万円も稼いだことが明るみに出た。「悪徳候補追放」の声が高まった。


島の選挙運動は“呉越同舟”で。3人の候補者と3台の選挙カーが、仲良く相乗りで船出する。「黒い霧選挙」にも、こんなにのどかな風景があった。(同1月13日、広島・呉仁方港で、玉田耕三郎さん写す)

だからこの選挙から、営利目的や売名だけの候補、選挙マニアは、一般候補とは区別すると決めた。候補者一覧などは平等に扱うが、候補者紹介、情勢展望などの企画記事には一切取り上げない。「立候補の自由」は尊重する、しかし新聞には「報道の自由」がある。ニュース価値がないものは扱えないからだ。

この選挙ではすでに、怪しげな男たちが大阪で立つとの情報がある。営利目的に違いない。一体、どんな手口で稼ぐのか、それが知りたくておじさんを訪ねたのだった。

「立候補して稼ぐヤツが、東京にいたんです。どんな手を使うんですか・・・・」
露骨過ぎる質問だったかもしれない。だがおじさんは、あっけらかんと語ってくれた。多分「おれは、関係ないぜ・・・・」と、言いたかったのだろう。

6日の朝刊社会面に、大見出しが並んだ。

「締出せホウマツ候補」「カネ 売名 選挙を食い物」「法の平等を悪用」
選挙は公営である。だから候補者には選管から、選挙用はがき2万5000枚、私鉄とバスの無料パス15枚が届く。新聞広告5回分の費用も、国費で負担する。候補者一人について、約560万円もの税金が使われる計算になる。

選挙運動にしか使えない1枚7円のこのはがきを、ホウマツは他の候補者にこっそりと売る。すでに1枚20円という値がついている、とおじさんは教えてくれた。法定得票数もとれないで15万円の供託金が没収されても、それ以上に稼げるわけだ。無料パスもまた、金になる−−。選挙は“金づる”だったのである。

末尾につけた談話で、評論家の村山リウさんはこう語っている。
「いかがわしいホウマツ候補は、ばい菌と同じだ・・・・」
しかし私には、政党の公認候補までホウマツから選挙用はがきを買う、という話の方がショックだった。それは誰なのか、おじさんは話さなかった。

8日、総選挙公示。候補者たちが一斉に、街頭にとび出した。選挙班が走る。私はまだホウマツにこだわっていた。「新聞広告も調べてみんかいな・・・・」というおじさんのひとことをヒントに、取材を続けた。12日の朝刊に、その記事を書いた。

「うごめくホウマツ候補」「広告リベートを要求」
なんとホウマツは、広告代理店の新聞広告獲得競争につけこんで、リベートまで要求していた。大阪では1回の掲載料が約15万円、5回なら75万円かかる。ホウマツは、20万円前後のリベートをよこせと要求する。広告の権利まで、競売した男がいたという。まさに「選挙に巣くうばい菌」だったのである。

選挙は中盤、立会演説会が始まる。和歌山1区には、東京大証事件の疑惑がからむ山口喜久一郎候補(自民)ら7人が立つ。大激戦らしい。山口候補は、袋だたきになるに違いない。予期せぬ事件が起きたら即座に無線で記事を飛ばそうと、九度山町の会場にラジオカーで走った。

会場は超満員、報道陣も20人を超えた。熱気がはらむ。革新系の新顔が、登壇を待つ山口候補を指さして声を張り上げる。「この選挙区にも“黒い霧”がいる。保守政権と高級官僚、財界の腐れ縁を断たねば、政界浄化はできない」。同じ自民の公認候補も、語気を強めた。「黒い霧の匂う人を追い払うのが、皆さんの清き1票だ・・・・」。

山口候補は低姿勢だった。「私の疑惑は、衆議院議長だったから問題になった。平議員なら、たいしたことはなかった・・・・。しかし、選挙事務長が無条件で頭を下げてこいと言うので、この通り・・・・」。深々と頭を下げる。フラッシュが光る。拍手がわく。

強気のはずの山口候補が・・・・。ふっと違和感を覚えて、会場を抜け出した。次の橋本市の会場に先回りして、1000人を超える聴衆のなかにもぐりこんだ。報道陣の姿はない、と思ったのだろう。山口候補の口調が一変した。右手を突き上げて、叫ぶ。

「田中彰治ごときと違って、私は“黒い霧候補”ではない。東京大証から怪しい金をもらったこともない。この手は潔白だ・・・・」
拍手がわいた。ヤジはなかった。終わってから、聴衆の声を聞いた。

「センセ、みんなに痛めつけられて・・・・」(30歳、主婦)
「わしら、難しいことわからん・・・・」(48歳、農業)
「和歌山に、黒い霧あらへん。大阪の霧、払わんかい」(70歳、石工)
大阪の霧とは、スモッグのことだった。「そうか、これが熱狂的な支持者なのか。よっしゃ、特ダネもらった・・・・」。見たまま、聞いたままを記事にして、電波に乗せた。翌日の朝刊に大見出しが並んだ。

「同志まで総攻撃 黒い霧」「心くすぐる“なにわ節”」
29日、投票。黒い霧候補のほぼ全員が、再選を果たした。山口候補も返り咲いた。自民党の絶対多数は揺るがなかった。「政治浄化」への挑戦は、空振りに終わった。

しかしひとつだけ、大きな変化が起きていた。自民党の得票率が、55年(同30年)の保守合同による結党以来初めて5割を切り、48%に落ち込んでいた。有権者の目は厳しかったのだ。しかし「黒い霧」の候補は、さらにしたたかだったのである。

次は「因習選挙」への挑戦だ。落ち込んでいる暇はない。首長選挙の無投票当選と、票田を守る張番に、目標をしぼった。そこには、立候補の自由だけでなく、投票の自由をも封じ込める暗い圧力が隠されている。それをえぐり出そう−−。

町村長選挙の立候補締め切りが迫る4月半ば、四国の松山に飛んだ。今治沖20キロ、瀬戸内海に浮かぶ3つの島の関前村で、美藤清文村長が全国でも希有の6期連続無投票当選を果たす、と聞いたからだ。

「久しぶり・・・・」と迎えてくれた今治通信局長の安藤幸雄君は、松江支局時代からの友人だ。夕食をともにしながら、関前村の話を聞く。

560戸、2700人、静かな漁村という。68歳の美藤村長は、地方自治法が制定された47年(昭和22年)に無投票で当選して以来20年、選挙の洗礼を受けたことがない。君子だからか、ワンマンなのか、島のボスたちの傀儡なのか・・・・。

出雲美人の奥さんが顔を見せた。「社会部に、連絡下さいって・・・・」。デスクからだという。「名古屋が、同じテーマで取材してるぞ・・・・。帰ってこいよ・・・・」。

冗談じゃない、とは思ったけれど、こちらの取材はこれからだ。名古屋社会部に先行されたら、トンビに油揚げになってしまう。手ぶらで帰るのも、いまいましい。「わかりました、じゃ、福井に回ります・・・・」。

町会議員選挙たけなわの福井県金津町、芦原温泉に近いこの農村に「張番」が出るはずだ。有権者1万800人、町議の定数は26。各地区の話し合いで定数いっぱいの地区推薦候補を決めたが、推薦を受けないで、1人が立った。

4月20日、この町に入った。まず町役場、選管、警察を回って「張番」の是非を聞いた。こんな言葉が返ってきた。

町選管委員長「推薦を受けずに立候補しても、当選できるわけがない。売名のためとしか思いようがない。地区推薦の票は、絶対に狂わない。これは常識です」
警察署長「告示前に、選管を通じて注意した。張番なんて出るはずがない」
私は耳を疑った。これが選管委員長や署長の言葉なのか、「ホウマツ」という言葉まで聞いた。地区推薦を受けないで立った候補のことだった。同じ「ホウマツ」でも、かくも違うか・・・・。

呆れ返った。そして、確信を持った。「張番は必ず出る」と。落選するのは1人だけ、という選挙ほど厳しいものはない。親類縁者や知人を頼っての潜行作戦が、必ず始まるに違いないからだ。

前年に県地方課が県内の区長にアンケート調査をしたら、過去の市町村議選挙で郡部では85%,市部でも75%が地区推薦を決めていた。背けばすぐわかるように「投票は赤鉛筆で」と決めた地区まであった。従わなければ、村八分なのか。ここには、立候補の自由も、投票の自由もない・・・・。

投票まで、あと1週間。動き回る私を見つめる目が、次第に厳しくなってきた。いよいよ大詰めか。22日、福井支局で森田初秋カメラマンと落ち合い、夜の金津町を歩き始めた。ただ、あてもなく「張番」を求めて・・・・。とっぷりと暮れると、人影はない。

23日、昼間は旅館にこもった。監視されているかもしれない、と思ったからだ。その夜も歩いた。街頭演説の声は、夜10時に消えた。東の夜空に、待宵月が冴える。また空振りに終わった。デスクはやきもきしてるに違いないが、こうなりゃ、意地だ。投票は28日、その前夜までねばってやるぞ−−。

24日夜、また歩き始めた。広場を見渡し、路地の奥をのぞく。森田カメラマンが、立ち止まった。「やぶちゃん、月食や・・・・」。えっ、今夜は満月じゃないのか・・・・。見上げると、下弦の月。あぁ・・・・。言葉もなく、空を見上げる。8時半過ぎか、中天の月は消えた・・・・、やがて、細い上弦の月が出た・・・・。満月の皆既月食だった。

国鉄金津駅前通りの町はずれ。街頭演説の声が消えた、もう10時か。「あかんなぁ、もーちゃん・・・・」。ため息をついたとき、突然、閃光をあびた。空き地に駐車している乗用車のヘッドライトだった。男が2人、かけてくる。

「どこへ行きなさる。案内しましょうか・・・・」

「どこへ行きなさる」と暗闇から現れた張番を、赤外線フラッシュでついに捕らえた。1票の切り崩しを防ぐために、張番は数人ずつのグループで夜通し歩き回っていた。「満月の月食」の夜だった。(同4月24日夜、福井・金津町で森田初秋さん写す)

言葉は丁寧だが、こぶしを固めている。通さぬぞという厳しい響きがあった。黙って歩く、男はつけてくる。200メートルほど離れた路地で、暗闇から現れた2人が加わった。酒が匂う。ヘッドライトが、後ろから照らす。行く手の街頭の下に立つ2人も、にらみつけて尾行に加わる。

もーちゃんの姿が消えていた。用意してきた暗闇でも写る赤外フラッシュで、どこかでこの男たちを撮影しているに違いない。11時すぎ、人影がふえた。灯火の消えた街のなかを、いくつもの青年たちのグループが歩き回る。人影を見つけると、取り囲むようにして顔をのぞく、後をつける・・・・。

ついに張番を捕らえた。「張番なんて出るはずがない」と言い切った署長は、この男たちを何と呼ぶのだろう。夜風は冷たいのに、私は手に汗をにぎっていた。

「どこへ行きなさる、と暗闇から声・・・・」。こんな書き出しの記事を翌日、福井支局から送った。赤外線カメラで深夜にも街を歩き回る男たちをとらえたもーちゃんも、写真を電送した。26日の朝刊社会面に、大見出しが並んだ。

「“張番”で守る地区推薦」「地方選 金津町に見る実態」
「どこへ行きなさる 暗闇に光る目・尾行」「そむけば“村八分”」
もーちゃんが書いた写真説明には「深夜の街を示威行進のようにパトロールする青年たち。どろぼうは姿を消すといわれる」とあった。皮肉なその目が、おかしかった。

大阪社会部の、半年にわたる「政治浄化」への挑戦は終わった。私たちは、これまで報道されたことのない、まるでヘドロのような選挙の裏側をえぐり出して、書き続けた。それでも、黒い霧候補は復活した。立候補の自由、投票の自由を侵す因習選挙が、陰を潜めたとは思えなかった。


コンビを組んで「張番」を捕らえた森田初秋さん。暗闇でもASA200で25分の1のシヤッターが切れる赤外線フラッシュを持ち込んだ周到な準備が、成功に結びついた。すでに74歳、いまは悠々自適である。

読者の皆さんは、私たちの挑戦をどう評価してくれたのか。神戸市の主婦の投書が私のところにまわってきた。「金津町の張番はじめ、ゆがめられた選挙の姿にはただ驚くばかりです・・・・」。「読者と新聞」欄に書いた回答の切り抜きが、私のスクラップブックに残っている。そのなかに、こんな一節がある。

「金津町のルポが報道されてから、大阪の藤井寺市や岸和田市などでも張番が出たことが報道されました。都会にまで、選挙のひずみが残っていたのです・・・・」
金津町のルポが、同僚の大阪での張番取材に結び付いたことは確かだろう。しかし私は恥ずかしかった。2度も府政記者をつとめながら、足元大阪の因習選挙に気づかなかったからだ。私は回答の最後に、自戒をこめてこう書いている。

「明るい生活につながるきれいな政治の実現のためには、みんなでもう一度、考え直さなければ・・・・」
新聞と記者が変わらなければ、有権者は変わらない、だから選挙も、変わらない・・・・。「マニフェスト選挙」が終わったいま、つくずくとそう思う。


◇参考資料・文献◇
朝日新聞記事、自分史の手びき(紀伊国屋書店)