アナログ記録からデジタル記録へ

本連載は、民生用ビデオカメラを中心に技術の流れを紹介しているが、ビデオ編集やデジタル化についての流れを説明する上で、テレビ放送局など放送・業務についても少し触れておきたい。カメラで撮影した映像を自分だけが見るなら編集する必要は無いかもしれないが、他の人に見てもらったり、ライブラリーとして保存したりするなら1本の作品に編集する必要がある。これは何もビデオカメラによる撮影だけではない。

フィルムによる撮影も同じで、映画だって何本ものフィルムから、編集作業によって1本の作品に仕上げている。テレビ局も同様で、ドラマやニュース番組などビデオカメラで撮影したものを、決まった放送時間内に放映できるよう編集している。フィルムの場合は、切ったり、繋いだりして編集できるが、ビデオテープの場合はテープを切ったり、繋いだりして編集することはできない。このため、撮影したテープを再生しながら、もう一台のVTRに必要な部分を録画して、編集して行くことになる。AとBの2台のVTRを駆使して編集するので「ABロール編集」と言われた。

再生、録画を繰り返しても画質の劣化が無いデジタル記録

しかし、アナログ記録方式での「ABロール編集」の最大の欠点は、何度も再生、録画を繰り返すと画質の劣化につながることである。このため、テレビ放送局やプロダクションでは、早くからデジタル記録方式への要望があった。テレビ放送局用の撮影、編集機器ではソニーが業界をリードしていたが、同社は1983年に、世界初のデジタルビデオ規格「D1」を発表した。そして、1987年に「D1」規格に準拠した世界初のコンポーネントデジタルVTR「DVR-1000」を発売した。「DVR-1000」は、コンポーネント映像信号を圧縮することなく、そのままの記録する方式だったため、システム価格も高いものだった。このため「DVR-1000」を採用するのは、資金的に余裕のある一部のテレビ放送局などに限られた。

このため、ソニーは1988年に次なる「D2」規格に準拠した放送業務用世界初のコンポジットデジタルVTR「DVR-10」を発売した。さらに、1993年にはデジタル画像圧縮技術を採用した2分の1インチコンポーネントデジタルVTR"デジタルベータカム"「DVW-A500」を、翌1994年にはデジタルベータカム方式の業務用カメラ一体型VTR「DVW-700」を発売、テレビ放送局やプロダクションのデジタル化が容易になって行った。デジタル化によってコンピュータを使ったノンリニア編集が可能となって行った。コンピュータのHDD容量も大容量化が進み、映像信号の圧縮(高効率符号化)技術も進歩して行ったことで、放送・業務用分野でノンリニア編集が急速に普及して行った。

家庭用デジタルビデオ業界標準規格としてDV規格が発表される

一方、家庭用ビデオカメラでもアナログ方式では画質や編集に限界があることから放送・業務用分野同様デジタル化が求められていた。このニーズに応えて業界標準規格としてDV規格が作られることになった。そして、HDデジタルVCR協議会が設立され、1994年に家庭用デジタルビデオ業界標準規格としてDV規格が発表された。その名の通り、当初はハイビジョン映像をベースバンドで記録するHD規格VTRを目指したが、実際に発売されたのは、ソニーが1995年に発売したDV方式ビデオカメラの1号機「DVR-VX1000」だった。HD規格ではなくSDテレビ映像記録するもので、3CCD採用の高級モデルで、業務用ビデオカメラに匹敵する高画質を実現していた。このSD規格でも十分高画質だったためか、SD規格の製品が市場で人気を呼び、HD規格は事実上消滅した形になって行った。

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ソニーが発売したDV方式ビデオカメラの1号機「DVR-VX1000」

ビデオカメラ用の「MiniDV」、据置型デッキ用の「標準DV」

DV規格のテープは、ビデオカメラ用の「MiniDV」と、据置型デッキ用の「標準DV」の2種類あり、6.35mm(1/4インチ)幅のカセットテープ方式が採用され、8ミリビデオやVHS-Cと比べても大幅な小型軽量化が可能で画質も大幅に向上していた。DV規格のビデオカメラを発売したのは、ソニーの他、松下電器(現パナソニック)、日本ビクター、シャープ、キヤノン、日立で、この他のカメラメーカーもOEMにより発売した。ビデオカメラ用の「MiniDV」のカセットサイズは横6.6×縦4.8×厚さ1.2cmで、記録時間は60分、長時間モードで90分だった。

ソニーが独自開発した民生用デジタルビデオ規格「Digital8」

また、ソニーは1999年に独自に開発した民生用デジタルビデオ規格「Digital8」を採用したビデオカメラ「DCR-TRV310K」を発売している。Hi8方式のカセットテープをそのまま使え、Hi8と上位互換性を持ち、DV規格とも互換性があった。ソニーとしては、8ミリビデオカメラ市場で優位あったので、DV規格と互換性のある8ミリビデオカメラを発売することで優位性を保とうとしたのかもしれない。しかし、この規格に追従するメーカーも無く、流れはDV規格へと進んで行った。

「標準DV」規格の据置型VTRは、1997年にソニーが「DHR-1000」を発売した。すでにVHS方式のVTRが全世界に広く普及していたことや、据置型VTRではビデオカセットの小型化メリットもビデオカメラに比べて少ないなどから、あまり注目されなかった。さらに、VHS方式ビデオソフトのタイトル数が圧倒的に多いことも「標準DV」規格の据置型VTRの普及にはブレーキとなった。また、当時のアナログ方式テレビ放送を録画するには、「標準DV」方式VTRではオーバースペックであったため、VHS方式やS- VHS方式、8ミリビデオ方式のVTRで十分だったことも据置型「標準DV」VTRの普及にはマイナス要因となった。

参考資料:日本ビクター60年史、ソニーHP、ソニー歴史資料館、東芝HP、パナソニックHP、シャープHP、JEITA・HP、社団法人情報処理学会、他