戦後、アマチュア無線が再開され昭和27年(1952年)7月、東海地区では4人に予備免許が与えられた。その中の一人である村松健彦(JA2AC)さんは当時、浜松に住んでおり、昭和28年(1953年)になって開局「戦後浜松から初めてのアマチュア無線の電波が飛んだ」と平成12年(2000年)12月に「浜松クラブ 50年前の思い出」に記している。乏しい小遣いを遣り繰りしての「ラジオ少年」からハム、そして放送局勤務は戦後初期のハムに共通した人生でもある。