戦後、アマチュア無線が再開されてほどなくして免許を取得した江崎昌男(JA6BX)さんは、その後、一貫してアマチュア無線を趣味として生活を送ってきた。無線通信と関係のない職種を選んで就職したのも「趣味を長続きさせるため」と考えたためだった。昭和32年(1957年)、当時のソ連の人工衛星スプートニクからの信号をダブルスーパーで受信した江崎さんは、その後アマチュア無線衛星の虜(とりこ)となる。最近では九州で初めての「ARISSスクールコンタクト」を裏方で支援し「若い世代に科学技術への興味をもってもらうためのテーマ選びと動機付け」の重要性を改めて知らされた、という。