昭和28年(1953年)7月、藤室衛(JA1FC)さんは免許取得後すぐに50MHzで九州・八幡と交信することに成功。当時としては大記録であった。さらに翌年2月、144MHzで茨城・水戸と交信しており、ハム仲間にVHF挑戦ブームをつくりだした。また、大手自動車メーカーを定年後JARL展示室に勤務、アマチュア無線の歴史を体系的に整備、なかでも戦前のハムの戦後も含めたコールサインブックをまとめあげ、貴重な資料を作り上げている。真空管知識についてもわが国の一人者の一人であり「真空管半代記」の著書がある。