JA6BX 江崎 昌男氏
No.3 中学・高校時代(2)
[真空管掘り]
ある時、仲間の一人が貴重な情報をつかんできた。戦時中に大分市の郊外にあった高射砲陣地で、終戦時に真空管を土中に埋めたというのである。部隊が解散し、兵隊が引き上げる際に、電波探知機(現在のレーダーの前身)に使っていた真空管を破棄したのである。江崎さんらすぐに行動を起こした。現場に出かけたところ「RH4とかRH8など短波帯に理想的なGT管が相当数あった」という。
戦時中兵器用に開発された真空管RH4
ところが外側のシールドは錆びだらけのものばかりである。「外側の錆びは性能に影響ない」と集めて帰り、詳しく調べてみると、電極から出ている足のリード線も錆びて断線していることがわかり「がっかりすることになった」という。その時、もともと化学が専門であった父親が「助け舟」を出してくれた。
真空管のリード線に錆びやすい鉄を使うのは、鉄の膨張係数がガラスの膨張係数に近く、温度が変化しても気密が保たれるとともに、ガラスに無理な力がかからずガラスが割れるのを防ぐためであること、錆びた鉄は薄めた塩酸で洗うときれいになること、を教えてくれた。江崎さんらはすぐに実行した。
ただし、錆びを落したリード線に新しい導線をハンダ付けするためには、コテ先が2mm程度の細いものが必要であり、自分達で工夫して作り上げた。結局、10本近くの旧日本軍用真空管の再生に成功、数人の仲間と分け合った。この仲間の中には清末順一(後にJA6CJ)さん、阿部英夫(後にJA6DL)さんなど、やがてハムになった方もいた。
[BCLに熱中]
短波受信機を作り上げると、海外放送を受信してべリカード集める競争が始まった。ベリカードは、受信のリポートを送ると、放送局から送られてくるカードであり「受信証明書」といわれている。江崎さんがまず挑戦したのは海外からの日本語放送。ローマのバチカン放送、フイリピンからのキリスト教系の放送、アルゼンチンからのタンゴ音楽を中心とした放送などを次々と聞いた。ベリカード集めは「BCL=ブロードキャストリスナー」と呼ばれ、今でも熱心な人たちがいる。
海外の放送局から送られてきたベリカード
海外からの日本語放送受信の次ぎに取り組んだのは外国語放送受信であるが、この場合は番組の切れ目でアナウンスされる局名がわからないことには、受信報告を送りようがない。当時の自作受信機では周波数を10KHz単位で正確に読み取ることなどは不可能だった。局名、コールサイン、周波数などは放送のアナウンスで知るしか方法がなかった。
そのうちに江崎さんは「インターバルシグナル」を知ることになる。「インターバルシグナル」は放送開始前や番組と番組の間に流す短い音楽や音の繰り返しのことであり、その放送局固有のものである。英国のBBC放送は「ウェストミンスター寺院の鐘の音」、オーストラリア放送は「笑いカワセミ」の鳴き声である。「それを知ってからは、別なバンドで初めて聞く放送局でも、すぐに局名がわかるようになった」とその当時のことを話す。
[国内民間ラジオ放送]
国内では、始まったばかりの民間ラジオ放送のカード集めにも熱中した。わが国の民間放送は、昭和26年9月1日に名古屋と大阪でスタートして以来、全国各地に続々と誕生した。開局した放送局は自局の受信エリアの範囲や受信感度、放送内容の評判を知ることの出来るBCLからのレポートを歓迎し、競ってきれいなカードを発行していた。
江崎さんは深夜に試験電波を出して開局準備をしている局を見つけるたびに受信報告を送りベリカードを集めた。北海道の北見放送局からは手書きのカードが届いた。「良く見るとNHKの網走放送所が10kWの増力試験を行っていたものとわかり、びっくりした」こともあった。
ベリカード関係の話題がもう一つある。海外から送られてくるベリカードでは、貼られていたはずの切手がはがされて配達されることが多かった。今、保管されているカードを拝見すると、現地での消印は押されているが、切手だけが無い。なかには、日本の郵便局のゴム印で「この郵便物は、この状態で届きました」と、断りが押されているものもある。外国の切手が珍しい時代であった。
[QSLカード]
自作の短波受信機でも比較的強力な海外放送を受信することは、それほど難しいことではなく、江崎さんのベリカード集めは順調に進み、2年足らずの間に100枚近くが集った。その後は、誰がもっとも早くアマチュア局のQSLカードを手に入れるかという競争が始まった。「2バンド5級スーパー」の受信機は周波数の安定度も不十分であり、アンテナは屋根の上に張ったロングワイヤーでマッチングなどの知識もなかった。
このため「海外放送に比べて出力の小さいアマチュア無線の信号を捕らえることは容易ではなかった」という江崎さんは「高周波増幅プリアンプ」を自作する。ある無線雑誌の記事で知り、米軍が放出したハイGm管6AC7を使うのが最良と記されていた。江崎さんは東京にいる知人に依頼し秋葉原で買って、送ってもらう。
このプリアンプの効果は予想以上であり、14MHzバンドでヨーロッパや南米などのアマチュア無線局の声を聞くことが出来た。ほどなくして、イタリアとブラジルの局からのQSLカードを受け取り、仲間達をうらやましがらせることになる。日本ではアマチュア無線再開のうわさはあったが、開局は許可されておらず、時々アンカバー局と思われる日本語の会話が聞こえる程度であった。
アマチュア無線局から受け取った初めてのQSLカード。ブラジルとイタリア