エレクトロニクス立国の源流を探る
No.105 電蓄からデジタルオーディオまで 第7回
LP、EPレコードの普及で電蓄時代からコンポーネントステレオ時代へ
LP、EPレコードの普及は、それまでのSP盤による電蓄時代からコンポーネントステレオ時代へと移り変わって行った。それはまた、LP、EPレコードの持つ高音質な音源をどこまで忠実に再生することができるかの技術開発競争を促がすこととなった。まず、そのためには音の入口であるレコードを再生するレコードプレーヤーの性能向上が最初の課題となる。電気信号を増幅するアンプや、電気信号を音に変換するスピーカーの性能が如何にすばらしくても、入口であるレコードプレーヤーの性能が悪ければどうにもならない。レコードプレーヤーは、ピクアップ(フォノカートリッジ)、ターンテーブル、トーンアームなどで構成されるが、とりわけ重要なのはレコードの音溝の振幅を電気信号に変換するピクアップである。
模倣からスタートしたが、日本人の気質、アイデアなどが優れた製品を生み出す
フォノカートリッジは、ピクアップを交換できる構造が採用されており、アメリカや欧州のメーカーが技術的に先行していた。アメリカのフォノカートリッジ御三家と言われたGE、ピッカリング、フェアチャイルドの他、シュアー、デンマークのオルトフォン、ドイツのエラックなどが技術的に優位にあった。後発の日本メーカーは、先行する海外メーカー品の模倣からスタートせざるを得ないこととなるが、日本人の持つ繊細な感覚、完璧主義、改良のアイデア、新しい技術へのチャレンジ精神などから、独自に優れた製品を開発して行った。
NHKと民間企業が協力、世界最大のフォノカートリッジ生産国に
技術開発面では、NHK技術研究所が大きな役割を果たしたのも事実。NHKではFMステレオ放送を開始するに当たって、放送局用のレコードプレーヤーを開発していた。同研究所では、民間の企業にも参加してもらい高性能なレコードプレーヤーを早期に開発する必要があった。この間に開発された様々な技術、ノウハウが国産メーカーの優れた製品へと結び付いていった。グレース、ソニー、松下電器(現パナソニック)、サテン、デンオン、プリモ、リオン、オーディオテクニカなど音響専業メーカーや家電総合メーカーなど約25社がフォノカートリッジ市場に参入した。先行する海外メーカーの模倣から始まったフォノカートリッジだが、60年代後半から70年代にかけて日本は世界最大のフォノカートリッジ生産国となっていった。
MM型、MC型など、より針圧の低いピックアップ開発で鎬を削る
ピックアップの歴史を見ると、30年代の頃にはGEのバランスド・アーマチュア型カートリッジや、ロッシェル塩バイモルフ素子を使ったクリスタル型ピクアップが使用されていた。しかし、針圧が50gを超すものでレコード盤を傷めることもあり、より針圧の低いピックアップの開発が待たれていた。そこで開発されたのが、低い針圧でも動作するMM (Moving Magnet) 型やMC (Moving Coil) 型が開発された。MM型は、カートリッジ内部に差し込まれたカンチレバー後端部分に永久磁石を取り付け、その振動によりその周囲に置かれたコイルに発生する起電力を再生出力とする方式。一方、MC型は、カートリッジ内部に差し込まれたカンチレバー後端部分にコイルを取り付け、その周囲に永久磁石を置く方式。このコイルの振動により発生する起電力を再生出力とする方式。
MC型は、永久磁石より軽いコイルを振動させるのでMM型より繊細で高音質と言うのが一般的な評価だが、MM型でも優れた特性を持つ製品が開発されており一概に方式だけで単純に評価は出来ない。さらに、MC型は出力電圧がMM型の1/10程度と低く、ヘッドアンプや昇圧トランスを必要とするので、どうしても高価なものとなりがちだ。しかも、レコード針が磨耗した場合にMM型はカンチレバーを含めたレコード針のみ交換で済むものが大半あるが、MC型はカートリッジ全体を交換せねばならずユーザーの出費が大きくなる。したがって、一般ユーザーはMM型、オーディオマニアはMC型を選ぶと言った使い方が多くなる。
レコード針の形状、素材の研究も進む
レコード針はスタイラスチップとも呼ばれ、固い宝石のルビーやサファイア、さらにはこの世で一番固い物質であり高価なダイアモンドなどが使われた。レコード針の断面の形状は、円形、楕円形、ラインコンタクトなど音溝のトレースに最適な形状に工夫されていった。それでも、針先はコード盤面に接触するため機械的な摩耗や摩擦熱などにより消耗・摩滅するので寿命がある。消耗した針を使うとレコード盤を傷める原因となるため、一定時間が経過したら交換する必要があった。しかし、寿命何時間と決めても使用時の針圧やレコード盤の状態によって変わるので断定できる訳ではない。
この他に、カートリッジの性能を左右する要素として、カンチレバーの形状や材料がある。形状には、無垢棒、アングル、パイプ、テーパーなどの形状がある。また、材料はアルミニュウム、ジュラルミンの他、高級品には高価なボロンやベリリウムが用いられた。中でもアルミニュウムは加工が簡単なため広く用いられた。
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本レコード協会HP、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館、ほか