エレクトロニクス立国の源流を探る
No.109 電蓄からデジタルオーディオまで 第11回
米国RCA社が1958年にカートリッジ式テープレコーダーを開発
誰でも手軽に録音・再生できるテープレコーダーの開発を目指して世界中のメーカーがオープンリール方式に代わる新たな方式を研究し始めた。「カートリッジ」、「カセット」、「マガジン」など様々な方式のコンパクトかつ軽量で扱いやすい方式が次々と発表されていた。先行したのは米国のRCA社で、1958年にカートリッジ式のテープレコーダーを開発した。しかし、商品化までにはいたらず日の目は見なかったが、ヨーロッパや日本のメーカーへの刺激となった。
1962年、フィリップス社が「コンパクトカセット(カセットテープ)」を開発
1962年に、オランダのフィリップス社はRCA社のカートリッジ式を参考に「コンパクトカセット(カセットテープ)」を開発した。テープ速度は 4.76 センチ/秒 、テープ幅は3.81ミリ。カセットハーフの中のハブに巻かれたテープをキャプスタンとピンチローラーの間にテープを挟み一定速度で送る仕組みとなっている。フィリップス社は「コンパクトカセット」を世界中のオーディオ機器メーカーに採用を呼びかけた。当初、フィリップス社が他社に打診した「コンパクトカセット」の特許使用料は高価だったが、それでも契約せざるを得ないと考えるオーディオ機器メーカーが多かった。
ライセンス料をとらず無償開放
しかし、当時、オープンリール方式のテープレコーダーで世界的に高いシェアを持っていたソニーを「コンパクトカセット」採用に巻き込むことが世界標準規格とするためには欠かせなかった。ソニーは、フィリップス社が言ってきたライセンス使用料が高すぎると拒否した。その後、両社の駆引きが続き交渉は難航したものの、フィリップス社はソニーを引き込まなければ世界標準規格は実現しないと判断、最終的に互換性厳守を条件にライセンス料をとらず無償で開放することになる。(*詳しくは本連載「小さな町工場を世界のSONYに育て上げた井深大さん」第10回をご参照下さい)
ライセンスの無償開放で「コンパクトカセット」がグローバルに普及
結果的にライセンスの無償開放が、その後の「コンパクトカセット」のグローバルな普及につながった。だが、無償開放だけが「コンパクトカセット」普及に貢献したわけではない。というのも「コンパクトカセット」のテープ速度 4.76センチ/秒 、テープ幅3.81ミリという規格は、先にオーディオマニアの間に普及していたオープンリール式テープレコーダーのテープ幅約6ミリ、テープ速度4.75センチ/秒や9.5センチ/秒をはじめ、テープ速度38センチ/秒などの高音質録音には遥かに及ばなかった。このため、当初「コンパクトカセット」は、会議の録音や学習、会話の録音などの用途に開発された規格と見る向きが強かった。それをHi-Fiオーディオの世界まで用途を広げることに成功したのは機器メーカーや、テープメーカーの音質向上へのたゆまぬ努力があったからと言える。
コンパクトカセット
電機メーカー、フィルムメーカー、磁性体メーカーなど様々なメーカーが参入
理論的には、テープ速度は速いほど録音特性が向上するが、その分だけ記録時間は短くなる。テープ速度 4.76センチ/秒 、テープ幅3.81ミリという規格の中で録音・再生周波数特性を向上させるには、まず優れた特性を持つ磁性体の開発が必要となる。この頃、ビデオテープレコーダーの開発も盛んだったことから、電機メーカーばかりでなく、フィルムメーカーや磁性体メーカーなど様々なメーカーが参入。優れた性能をもつ磁性体の開発や、フィルムへの磁性体塗布技術の開発に鎬を削っていたことも「コンパクトカセット」の音質向上に貢献した。
日欧米のメーカーがカセットテープ市場に参入、激戦を展開
磁気テープの開発には、欧米のメーカーや日本のメーカーなど多くのメーカーが参入した。ヨーロッパではフィリップスを始めドイツのBASF社、アメリカではメモレックス社、3M社などが磁気テープの開発に力を入れていた。日本では、東京電気化学工業(現TDK)、ソニー、松下電器(現パナソニック)、太陽誘電、日立マクセル、日本ビクター(現JVCケンウッド)、日本コロムビア、富士写真フイルム(現富士フイルム)、三洋電機、ティアック (TEAC)をはじめ多くのメーカーが参入していた。また、自社生産ではないもののOEMで東芝、カシオ計算機、シャープ、ナカミチ、ケンウッド(現 JVCケンウッド)、ヤマハ、ラックスマン、赤井電機、三菱電機、パイオニア、アイワなどが独自のブランドでカセットテープに参入していた。これらの日欧米のメーカーが自社開発やOEMでカセットテープ市場に参入したことでカセットテープ市場は激戦となった。
様々なタイプのカセットテープが開発され急速に音質向上
激戦のカセットテープ市場だけに、互換性厳守の条件を守りながらもいかに性能向上を図るかがマーケットシェアアップ、生き残りに欠かせない。その結果、次々に新しいタイプのカセットテープが開発されていった。始めのころ磁性体としては、一般的なヘマタイト、マグヘマタイトなどと呼ばれる酸化鉄を主成分としたフェライトが使われた。これがTYPE I(ノーマルポジションテープ)と呼ばれるカセットテープである。ただ酸化鉄のみでは高域性能が十分でないことや、ヒスノイズが残るなどの問題があり、コバルトを添加することで音質を向上させたノーマルポジションテープも開発された。その後、TYPE II(ハイポジション)、TYPE III(フェリクロム)TYPE IV(メタル)などが開発され急速に音質が向上していった。
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館ほか