エレクトロニクス立国の源流を探る
No.110 電蓄からデジタルオーディオまで 第12回
「コンパクトカセット」のもう一つの課題は録音時間であった
「コンパクトカセット」は、オープンリールで一般的に使われているテープ速度9.53センチ/秒に比べると、約2分の1の4.76センチ/秒と低速だった。それでもスペースが限られるため、ハブに巻くことが出来るテープの長さに限界があり、長時間の録音には適さなかった。録音時間を延ばすためにはテープを薄くして、ハブに巻き込めるテープの長さをより長くする必要があった。一般的に普及したのは片面15分、両面で30分録音できる「C-30」や、片面30分、両面で60分録音できる「C-60」などだった。テープの厚みは「C-60」で約18μであったが、「C-120」となるとテープの厚みは「C-60」の半分、約9μにする必要が有る。テープの厚みはベースフィルムと磁性層の厚みを合わせたものなので、ベースフィルムの厚みは約半分の4.5μとなる。
当然のことながら、ベースフィルムが薄くなるとそれだけテープの強度は弱くなる。使用される環境の温度やレコーダーの違いによってテープにかかるテンションや負荷が変わってくる。後に、「C-180」、「C-240」の超長時間タイプも発表されたが、普及はしていない。このほか、用途に応じてそれに適した時間録音できるように「C-45」、「C-46」、「C-80」、「C-90」をはじめ、カラオケソフト用に録音時間の短い「C-8」、「C-10」など数10種類の長さの「コンパクトカセット」が発売されたり、市場から消えて行ったりの変遷があった。
東京電気化学工業(現TDK)が日本で最初の「コンパクトカセット」を発売
日本で最初に「コンパクトカセット」を発売したのは東京電気化学工業(現TDK)で1966年のことだった。会議の録音、学習用などに主に利用されたが、徐々に音楽の録音用にも使われ始めた。その後、1970年にドイツのBASF社や米国のメモレックスなどが磁性体として二酸化クロムを塗布した高性能な「コンパクトカセット」を発売した。音楽の録音にも対応できる性能であり「Type II」として普及していった。さらに、1972年には米国の3M社が磁性体にコバルトドープ酸化鉄を採用した「HE」を発売したが「Type II」に含まれた。また、1973年にはソニーが二酸化クロムと酸化鉄の2層に塗布したフェリクロームテープ「Duad」を発売し、これは「Type III」となった。
新しい磁性体の採用で音楽用メディアとして評価される
こうした、1960年代後半から1970年代前半にかけて高性能化が進み「コンパクトカセット」は、音楽用メディアとして評価されるようになっていった。さらに、その後も次々と新しい磁性体の採用や、塗布技術の進歩が続いた。1974年に日立マクセルが発売したコバルト被着酸化鉄採用の高性能テープ「UD-XL」、1975年にTDKが発売したコバルト被着酸化鉄採用のクロームポジション高性能テープ「Type II」などが相次いで登場している。さらに、1970年代後半になると、1978年に米国の3M社が磁性体として鉄合金を採用したメタルテープ「Metafine」を発売、後に「Type IV」となった。
次々と高性能テープが開発されたことによって、周波数特性向上やダイナミックレンジが拡大、音楽録音用テープとして普及していった。その一方で、ユーザーは様々なタイプの「コンパクトカセット」を使いこなしていく知識も必要となった。主なものとして、ノーマル「Type I」、ハイポジション「Type II」、「Type III」、メタル「Type IV」があり、それぞれダイナミックレンジの広さ、中低域の実用最大出力レベル、ノイズ特性などに違いがあった。
表:テープの種類による録音特性の違い
(◎:良い、○:まずまずのレベル、△:やや劣る)(※クリックすると画像が拡大します。)
テープの種類を背にある四角い穴で自動的に判別
テープの種類が増えたことで、どのタイプの「コンパクトカセット」を使用するかによって、録音時の磁気特性を決定するバイアス量と、周波数特性補正値(イコライザーの時定数)を最適に設定する必要が出てきた。一般的には、「Type I」のバイアス量を100%として「Type II」では160%に、「Type III」では110%に、「Type IV」では250%にするが、メーカーや機器によっては多少の違いがあった。また、イコライザーも補正量を調整する必要があった。なお、テープの種類を判別するために背面に四角い検出用の穴があり、その位置によって自動的に判別できるようになっていた。
ノイズリダクションシステムとしてドルビーBタイプの採用進む
様々な磁性体が採用され「コンパクトカセット」の高性能化が進んだが、統一規格上から来るテープ速度やトラック幅の制約もあり、ダイナミックレンジを十分確保できず、Hi-Fi化にはヒスノイズが障害となっていた。このためノイズリダクション(NR)の必要性がさけばれていた。米国のドルビー研究所をはじめ、国内でも日本ビクターや東芝などがノイズリダクションシステムの研究をしていた。ドルビー研究所では、業務用のノイズリダクションシステムを研究しており、ドルビーAタイプを完成していたが、このAタイプを基に簡略化し、民生用で使える仕様にしたのがドルビーBタイプ。これを「コンパクトカセット」に採用するところが増えていったことで標準的に使われるようになった。ヒスノイズが耳につく高い周波数の入力音声信号を、テープに記録する際にレベルを上げて記録し、再生するときには元のレベルに戻して再生することで、聴感上のヒスノイズが低減される。工夫したところは、一様にレベルを上げたのでは大入力時は飽和し、正確に録音できないため、大音量時にはノイズが聞こえにくい人間の耳のマスキング効果をうまく利用している点である。入力レベルが大きい時には倍率を上げずに、小さい時には倍率を上げる、など入力レベルに応じた調整がなされている。ドルビーBタイプ採用のカセットデッキには「DOLBY NR」や「DOLBY SYSTEM」と表記されている。ちなみに、日本ビクター(現JVCケンウッド)が開発したノイズリダクションシステム「ANRS」は、このドルビーBタイプと互換性がある。また、東芝もノイズリダクションシステム「adres」を開発している。
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館ほか