エレクトロニクス立国の源流を探る
No.113 電蓄からデジタルオーディオまで 第15回
コンパクトカセットデッキ時代が幕開ける
ラジカセやウオークマンのヒットで、しばらくコンパクトカセットによるアナログオーディオ全盛時代が続く。同時に、クロームテープの登場など磁気テープの進化、カセットケースの改良、バイアス技術、ノイズリダクション技術の進歩などによって、コンパクトカセットの性能が向上した。その結果、ホームオーディオ用のコンパクトカセットデッキが相次いで発売され、オーディオの重要なコンポーネントとして認知されるようになっていった。オーディオマニアを対象とした本格的な高級コンパクトカセットデッキ時代の幕開けは、1973年にナカミチがコンパクトカセットデッキに3ヘッドを搭載したNakamichi 「1000」を発売したころからとなる。その後、コンパクトカセットデッキのHi-Fi化競争が激しくなる。そして、テクニクス(松下電器)がダイレクトドライブ採用のコンパクトカセットデッキを発売。当時、ワウフラッターの大きさが指摘されていたコンパクトカセットデッキの弱点を低減し、安定したテープ走行が高く評価された。
オープンリールデッキに力を入れ、コンパクトカセットデッキでは出遅れたパイオニア
一方、パイオニアはオーディオ専門メーカーとして音質面で優れたオープンリールデッキに力を入れていたためか、コンパクトカセットデッキでは他社にやや遅れをとっていた。1967年に発売したオープンリールデッキの第一号機「T-5000」に続いて、1970年に発売した「T-8800」は、イージーローディングによる操作性の良さに加えて、広いダイナミックレンジ、55dB以上の高いS/N、ワウフラッターの少なさ、録音中の音をモニターできる3ヘッドの採用などがオーディオマニアに高い評価を得ていた。その後も、周波数特性30~22,000Hzを実現し、10号リールの使用も可能な「RT-1050」がロングランのヒットとなる。
こうした、オープンリールデッキでの市場における優位さが、コンパクトカセットデッキへの取り組みにおいて、他社に遅れをとった要因となる。また、オーディオ専門メーカーとして、コンパクトカセットでは、記録できる情報量が少なすぎてオーケストラの録音には不向きとの考えが他社より強かったのだろう。そんな訳で、「オープンリール並の音質が可能で操作性に優れる」との謳い文句でエルカセットが登場した時は、カセットデッキに対抗するため、できるだけコンパクト化を図った小型オープンリールデッキ「RT-701」、「RT-707」を発売している。価格も、「RT-701」が109,800円、「RT-707」が128,000円とカセットデッキの高級機並の価格にし、あくまでもオープンリールデッキへのこだわりを見せていた。
パイオニアのコンパクトカセットデッキ第一号機「T-3300」を発売
そんなわけで、パイオニアは、コンパクトカセットデッキでは後発メーカーだったが、将来、テープ技術の進歩しだいでは大きな市場に育つという予測はしていた。そこで、研究開発体制をコンパクトカセットデッキにウエイトを割いていった。その成果として、1971年にコンパクトカセットデッキの第一号機「T-3300」を発売した。さらに、2号機「T-3500」を発売、カセットテープを水平にセットするタイプで、フェライトヘッドを搭載、二酸化クロームテープにも対応していたが、価格が47,800円と高かったため売れ行きは思わしくなかった。
初期のコンパクトカセットデッキは水平型だった
新機能搭載で後発ながらトップクラスのメーカーとなったパイオニア
その反省から、コストダウンを図った「CT-3030」(33,800円)など相次いで普及価格モデルを投入した。その後、ステレオとのセット販売に力を入れたこともあって、コンパクトカセットデッキの販売は1975年には約12万台に拡大、業界でもトップクラスのコンパクトカセットデッキメーカーに躍進した。同社が後発ながら、トップクラスのメーカーとなったのは、二酸化クロームテープへの対応、ドルビーNRへ対応。さらには、テープ走行を監視する「テープランニング・パイロット」、「オートストップ」、「スキップボタン」などを搭載し、使い勝手を向上したことなどが挙げられる。また、走行系においても、安定した回転が得られるDCサーボモーターの搭載や、寿命の長いフェライト・ソリッドヘッドを採用したことが高評価を得たことが大きい。
「カセットテープ正立ホールド型」「前面操作型」時代を迎える
1970年代初頭、拡大するコンパクトカセットデッキ市場において、水平にカセットをセットする方式に代わって、正立ホールドで、前面操作できる「前面操作型」をどのメーカーが、何時から発売するかの開発競争が業界の話題の中心となっていた。先行したのはパイオニアで、1973年秋のオーディオフェアに「CT-7」を出品、さらに松下電器が1973年12月に新聞で開発発表を行った。商品として始めて発売したのは、1974年1月発売のパイオニア「CT-7」だった。これによって、コンパクトカセットデッキをアンプやチューナーと一緒にステレオセットに組み込めるようになった。
その後、パイオニアに続いて各社が相次いで「前面操作型」コンパクトカセットデッキを発売していった。ただ、パイオニアの「CT-7」は、「前面操作型」ではあるがカセットが傾斜していたため、売れ行きはパッとせず長くは続かなかった。やがて「カセットテープ正立ホールド型」へ移行することになる。「カセットテープ正立ホールド型」時代に入り、市場をリードした形になったのがパイオニアの「CT-9」で、ドライブ用モーターと早送り/巻戻し用の2モーター、クロームテープ自動切換え機構など、それまでに無かった新しい機能を装備していたことで大ヒットした。
パイオニアのカセットテープ正立ホールド型カセットデッキ「CT-1000」
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、パイオニア「SOUND CREATOR PIONEER」、日本ビクターの60年史、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館、ほか