テープオーディオ全盛期を迎えた1970年代

1970年代は、まさにオープンリールテープデッキやコンパクトカセットデッキ(以下、カセットデッキ)、ラジオカセットレコーダー(ラジカセ)と、テープオーディオ全盛の時代だった。これを支えていたのは、新しい磁性体を採用したテープの急速な技術進歩、誰でも手軽に使うことが出来るコンパクトカセットの登場である。このほかにも、テープオーディオのHi-Fi化のために解決すべき問題を次々と解決していったことも大きい。テープオーディオが解決すべき技術的難題としては、テープの走行系を安定させるための技術、磁気テープの性能を最大限に引き出すための磁気ヘッドの開発などがあった。

Hi-Fi化に不可欠だったワウフラッター低減

アナログオーディオである磁気テープは、テープの走行系が不安定で回転ムラがあれば、すぐに録音や再生に影響が出る。会話の録音、再生ではそれほど気にならなくても、音楽の場合はその変動がもろに影響し聞きづらいものとなる。これがワウフラッター(ワウフラ)でテープのローディング機構、モーターなどの改良が必要となる。また、テープに負荷が掛かるようだと長期間使っている内に樹脂性のテープが伸びてしまう。Hi-Fi化のために2ヘッド、3ヘッドと録音、再生、消去など専用ヘッドの数を増やすとテープの走行系はより複雑となる。ワウフラを少なくするためには、DCモーターの採用やキャプスタンの改良などが必要だった。ワウフラ低減においては、ティアックがテープ走行系の改良において先行していた。その後、松下電器がレコードプレーヤーに採用していたダイレクトドライブを初めてカセットデッキにも採用し、安定したテープ走行を可能とした。ワウフラ低減競争は、その後のカセットデッキのHi-Fi化において重要な役割を果たしていった。

家庭用ビデオデッキの登場が磁気テープの性能向上に一役

また、磁気テープの性能向上には磁気テープを使った家庭用ビデオデッキの登場が大きく影響している。放送局用のビデオデッキなら、2インチ、1インチという幅の広い磁気テープを使い、情報量の大きい動画を録画・再生する事が出来る。しかし家庭用となると、小型軽量、かつ低価格が要求される。家庭用ビデオデッキとしては、1975年にソニーがベータマックス方式の第一号機「SL-6300」を発売し先陣を切った。翌1976年には日本ビクターがVHS方式の第一号機「HR-3300」を発売した。いずれも2分の1インチのビデオカセットテープを使用したものだった。家庭用VTRの規格は開発メーカー2社に、他の電機メーカーを巻き込んで両陣営が争う"ビデオ戦争"と呼ばれるほどの激しい規格競争がスタートした。高画質、高音質、長時間録画などが主な争点となった。長時間化においては、VHS方式の方がベータマックス方式より、カセットサイズが大きい分だけテープを長く巻く事が出来るので有利だった。そこで、長時間化競争ではテープ速度を落としたり、ベースフィルムの薄型化で録画時間の長時間化を図ったりするようになり、テープ性能の重要性が増していった。これには、ベータマックス方式陣営、VHS方式陣営各社に磁気テープメーカーも交えて開発競争が繰り広げられた。これが、オーディオ用磁気テープの性能向上に一役買う事になる。そして、放送用ビデオテープを製造していた富士フイルムは、ビデオテープや音楽用磁気テープにもその技術を生かして参入した。

富士フイルムが磁気テープに参入

富士フイルムは、大日本セルロイドがセルロイドの新しい需要先として写真フィルムや映画用フィルムに着目して、1934年に設立した会社で、フィルムベースから製品まで一貫生産するのが目的だった。戦後、NHKがテレビ放送を開始すると、テレビ放送局用のビデオテープの研究を開始した。テレビ放送局がスタートした頃は、ビデオテープなど無く、生放送か映画フィルムを使った放送だった。さらに、当時、映画フィルムは光学録音方式で音をフィルムに録音再生していた。しかし、将来は磁気録音技術が進歩すれば、磁気録音方式に代替されていくことが予測された。しかも、ビデオテープによる録画再生技術が進歩すれば、映画そのものもフィルムから磁気記録へと移行することも考えられていた。それは、映画や写真のフィルムメーカーとしては、社業の存続にかかわる問題となる。この危機を乗り越えるには、磁気記録材料の開発に取組む必要があった。

総合磁気記録材料メーカーへ躍進した富士フイルム

そして1963年に始めてNHKに放送用ビデオテープを納入し品質の良さが認められ、民間放送局にも次々と採用されていった。一方、磁気録音テープは1960年にはオープンリールテープを発売し、1969年には"富士カセットテープ"を発売した。また、コンピューター記憶装置に磁気テープが使われていたことから、コンピューター磁気テープも発売。総合磁気記録材料メーカーとして躍進していった。さらに、フィルムメーカーとして高い技術を持っており、磁気テープのベースフィルムや磁気テープを他社へ供給、OEMも行うことになる。多くの企業にOEM供給し、OEMに力を入れていたのは、東京電気化学工業(現:TDK)だが、ベースフィルムや磁気テープのOEMを受けてコンパクトカセット市場に参入する企業も増えていった。本連載第12回で参入企業を紹介しているが、あらためて表に示したので、いかに多くの企業が参入したかをご覧いただきたい。

コンパクトカセット市場に参入した主な企業
自社生産(一部分OEM含む) OEM 海外企業
東京電気化学工業(現:TDK)、ソニー、松下電器(現:パナソニック)、日本ビクター(現:JVC・ケンウッド)、日立マクセル、富士写真フイルム(現:写真フイルム)、太陽誘電、東芝、三洋電機、日本コロムビア、シャープ、コニカ(現:コニカミノルタ)、

ティアック

カシオ計算機、三菱電機、赤井電機、パイオニア、アイワ、クラリオン、シチズン、ヤマハ、ラックス、ナカミチ BASF、メモレックス、スリーエム

コンパクトカセット市場に参入した主な企業

参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、パイオニア「SOUND CREATOR PIONEER」、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館、ほか