エレクトロニクス立国の源流を探る
No.118 電蓄からデジタルオーディオまで 第20回
オーディオ機器のトランジスター化始まる
セパレートステレオ時代に入り大出力化が進むとともに、アンプやスピーカー、レコードプレーヤーの進歩も目覚しかった。アンプは真空管アンプからトランジスターアンプへと移行して行くことになる。トランジスターは、ベル研究所によって1948(昭和23年)頃発明され、日本では東京通信工業(現ソニー)が1955年(昭和30年)に日本初のトランジスタラジオ「TR-55」として商品化している。小型・軽量で消費電力は真空管より少ないことから電池で駆動する携帯ラジオにまず採用された。そして、次にステレオアンプやテレビのトランジスター化の動きが始まった。1960年(昭和35年)になると、ソニーが世界初のトランジスターテレビ「TV8-301」を69,800円で発売し世界を驚かせた。トランジスター23個、ダイオード19個を使用した3電源のポータブルテレビだった。
オーディオ界では少し遅れたが、1962年(昭和37年)にトリオが、オールトランジスターのHi-Fiプリメインアンプ「TW-30」を発売した。さらに、翌1963年(昭和38年)に三洋電機が業界初のオールトランジスター式のステレオ「DC-600」を発売した。出力は15W+15Wだった。そして、1965年(昭和40年)にはソニーが50W+50Wの大出力プリメインアンプ「TA-1120」を発売した。この「TA-1120」は、トランジスターアンプが真空管アンプにとってかわるきっかけとなり、オーディオアンプのソリッドステート化に拍車をかけることになる。このほか、テープレコーダーなどの様々な機器のトランジスター化も急速に進んで行く。
オーディオメーカー各社が4チャンネルステレオ技術の開発に鎬削る
こうして、2チャンネルのステレオは音質面、出力面で進歩して行った。次は2チャンネルステレオ以上に一層、演奏会場に居るような再生を実現しようという動きが出てきた。それが、4チャンネルステレオで、オーディオメーカー各社は4チャンネルによる音場再生技術の開発に鎬を削った。4チャンネル方式として、メーカー各社は様々な方式を開発、業界標準方式として提案した。4チャンネル方式には、大別してディスクリート方式4チャンネルステレオ、マトリックス方式4チャンネルステレオの2つの記録・再生方式がある。また、録音メディアであるテープやレコードには根本的な違いが有り、4チャンネルステレオを可能とするには、それぞれ特徴を考慮する必要がある。テープ機器では、1965年(昭和40年)日本ビクターやソニーが、4-0方式、2-2方式などを発表した。
ステレオレコードの場合は、それまで1本の溝に2チャンネルを録音していた。したがって、4チャンネルステレオを実現するためには、1本の溝に4チャンネル分を録音する必要が有る。これには様々なマトリクス4チャンネル方式が提案された。1970年(昭和45年)に山水電気は、4チャネル録音-2チャネル伝送-4チャネル再生のマトリクス4チャンネル方式であるQS方式を発表した。これは、日本における初のマトリックス方式4チャンネルステレオだった。これが、RM方式(レギュラーマトリックス)と呼ばれ、最終的にマトリックス方式4チャンネルステレオの業界標準となった規格であり、レコードソフトも発売された。さらに、1971年(昭和46年)には、CBSソニーがSQ方式を発表した。チャンネル間の分離はやや難があるものの、通常のステレオレコードプレイヤーで再生しても問題がないため、レコード会社としては採用しやすいことから数社からSQ方式のレコードが発売された。
日本ビクターがレコードにディスクリート方式4チャンネルを記録・再生できるCD-4方式を発表
一方、ディスクリート方式4チャンネルステレオは、4チャンネルの信号をそれぞれ個別に記録・再生する方式。テープレコーダーでは、4トラックを使うことも可能なので採用しやすい。しかし、LPレコードなどでは難しくなる。1970年(昭和45年)、日本ビクターはレコードの1本の溝にディスクリート方式4チャンネルを記録・再生できるCD-4方式を発表した。15kHz以下のベースバンド音声信号に加え、30kHzをキャリア周波数としてFM変調したリアチャンネルの合成差信号を重複し4チャンネル分の音声を記録する方式である。したがって、ベースバンドにおいては通常のステレオレコードと変わりなく、追加する2チャネル分の記録はFMステレオ放送の方式と原理的には同じである。当時は、一般的なステレオでは20KHz以上の再生が困難だったので互換性のある規格として提案された。このほか、日本コロムビアも1972年(昭和47年)にディスクリート方式4チャンネルステレオUD-4方式を開発している。
各社各様の方式を発表、乱立状態になりオーディオ市場は混迷
日本ビクターや山水電気以外にも、パイオニア方式、トリオ方式、三洋電機方式、コロムビア(デンオン)方式、東芝方式、シャープ方式、オンキヨー方式、松下電器方式など各社各様の方式が発表された結果、乱立状態になりオーディオ市場は混迷を極めた。このため、電子機械工業会(現・電子情報技術産業協会:JEITA)や、日本レコード協会では、規格統一に動いた。そして、ディスクリート4チャンネル・レコードにおいては、規格の提案がCD-4方式のみであったのでそのまま承認された。一方、マトリックス4チャンネル・レコードにおいては、RM方式、SQ方式と、それを基盤として発展させた各種方式があり規格統一はなかなか出来なかった。ようやく1972年に日本レコード協会がRM方式、SQ方式、CD-4方式の3方式を技術部会規格と定め、電子機械工業会においてもRM方式、CD-4方式を技術基準と定めた。
それでも、4チャンネルステレオは市場における混乱状態に嫌気をさしたオーディオファンの支持を得られず、本格的な4チャンネルステレオ時代が到来する事は無く終焉した。ハードだけが先行してもソフトが着いて来なければ、新しい規格は成功しないことを示した好例だろう。だが、普及には失敗したが4チャンネルステレオの方式開発競争に伴う様々な技術開発は、オーディオ機器の性能向上に大きく貢献した。そして、その後の様々な規格統一に機器メーカー各社やソフト会社の協調が必要であるとの教訓を得たのはプラスだった。また、4チャンネルステレオ技術開発、市場導入で得た経験は、その後のサラウンド、ホームシアターなどに生かされることになる。
ディスクリート方式4チャンネル | CD-4方式(日本ビクター) UD-4(日本コロムビア) |
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マトリックス方式4チャンネル | QS方式(山水電気)、SQ方式(CBSソニー)、シャイバー方式と、それを基盤技術とした各種方式 |
代表的な4チャンネルステレオ方式
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、東芝HP、東芝科学館、ほか