DAT以外にもDCC、MDが登場

DAT以外にもデジタル録音用の機器を開発しようと言う動きはあった。その一つがフィリップスと松下電器産業(現:パナソニック)がDATから少し遅れて、1991年(平成3年)に共同発表したDCC(Digital Compact Cassette)である。コンパクトカセットにデジタル録音機能をもたせ、それまで普及していたコンパクトカセットと共存できるようにしようと言うもの。さらに、この年にはMD(Mini Disc)をソニーが発表している。このMDは、磁気テープではなく光学ディスクを記録媒体としておりDATやDCCとは一線を画したもの。

オーディオフェアでDCCとMDに注目集まる

この年、オーディオ業界最大のイベントであるオーディオフェア会場ではDCCとMDの技術発表が行われ、オーディオファンや業界関係者の注目を集めた。そして、翌1992年(平成4年)のオーディオフェア会場ではDCCとMDが出品された。さらに、1993年(平成5年)のオーディオフェアには、DCC、MDの出品社数も増え、DCC9機種、MD12機種が出品された。この頃になるとCD-GなどCDファミリーも増えてきており、デジタル技術花盛りと言った様相を見せていた。そして、より高音質を目指した「スーパーデジタルオーディオ」がオーディオフェア会場で提案された。ハイサンプリング、ハイビットによるデジタルオーディオを実現しようと言うもの。

DAT、DCC、MDがデジタルオーディオの主役の座を競う

DAT、DCC、MDがそれぞれの特徴をアピールし、いずれがデジタル録音機器の主役の座を確保できるかの競争に突入した。DCCは、アナログのコンパクトカセットと縦・横が同じサイズで、厚さ9.6mmで従来のコンパクトカセットの8.7mmよりやや厚く、固定式ヘッドで記録する。ただし、固定ヘッドと言ってもDATの固定式ヘッドであるS-DATとは異なる。また、記録にはPASC(Precision Adaptive Subband Coding)と呼ばれるデータ圧縮を行い、サンプリング周波数48kHz、44.1kHz、32kHzを採用、デジタルコピー制限はSCMSを採用していた。

デジタル録音機器記録メディア サンプリング周波数 量子化ビット数
DAT磁気テープ

48kHz(SP)
44.1KHz(標準)

16bit
DCC 磁気テープ 48kHz(SP)
44.1KHz(標準)
32KHz
16bit
 
MD
 
光ディスク ATRAC方式292kbps(SP)  

表:主なデジタル録音機器の特徴

DCCレコーダーでは、DCC用に新開発したDCCカセットと、従来のアナログコンパクトカセットも使用できるようになっていた。とは言っても、DCCカセットでなければデジタル録音・再生が出来ず、従来のアナログコンパクトカセットは再生のみ可能というだけだった。一方、DCCカセットでは、アナログによる録音・再生も可能だった。DCCのテープ速度はコンパクトカセットと同じ4.7mm/Sで、オートリバース式を採用している。DCCレコーダーでは、DCCカセット、コンパクトカセットのどちらでも使用できるので、どちらのカセットが装着されたかを識別する必要が出て来る。このため、DCCカセットには識別用の穴があり、DCCレコーダー側で穴が開いていればDCCカセット、穴が無ければコンパクトカセットと認識するようになっていた。

DCCレコーダーを松下電器産業とフィリップスが発売

DCCレコーダーを最初に発売したのは松下電器産業とフィリップスで、1992年(平成4年)に松下電器産業が、据え置き型デッキ「RS-DC10」(定価135,000円)を、フィリップスが同じく据え置き型デッキ「DCC900」(定価115,000円)を発売した。しかし、DCCレコーダーはDATより5年ほど遅れて出てきた規格にもかかわらず普及しなかったのには幾つかの理由があった。

価格の高さ、大きさが普及のネックとなったDCC

同じ磁気テープを使ったDATが発売から5年経過しており、市場価格も8万円~9万円程度に値下がりしていた。そこに10万円以上のDCCレコーダーを発売し、いかにコンパクトカセットの再生も可能という特徴があったとしても受け入れられづらかった。しかも、同じ年に、ソニーがMDレコーダーの第1号機「MZ-1」(定価79,800円)を発売したことも大きな障害となった。なにしろ「MZ-1」は、重量520gのポータブル型であり、DCCレコーダーは「RS-DC10」、「DCC900」ともサイズ、重量とも大きく重たかった。

使い勝手の良さ、価格の安さでMDに軍配

さらに、MDはディスク形式ならではのランダムアクセスが可能で、使い勝手が良く、小型・軽量で持ち運びにも便利でDCCレコーダーを上回っていた。しかも、DCCは同じ磁気テープのDATに比べてもアクセス性に劣り、使い勝手、大きさでも劣っていた。また、早送り・巻き戻し時に音を出しながらサーチ出来ないため、曲の頭出しが面倒だったことも普及を阻害した。この他、DCCテープの量産化が進まなかったため、量産化が進んだMDはもとより、DAT用のテープよりも割高なことも競争力を無くした要因だった。さらに1997年(平成9年)にはDCCの共同提案会社である松下電器産業がMDに参入したことでDCC普及にブレーキがかかった。そんな訳で2000年(平成12年)にはDCCを生産するメーカーが無くなり自然消滅してしまった。

デジタルマイクロカセットをソニーが発売

オーディオ用とは異なるが、デジタル録音のできるデジタルマイクロカセットも開発された。ソニーが開発したもので、主に会議や取材などに使う目的で小型・軽量のデジタル録音機「NT-1」を1992年(平成4年)に発売した。得意の回転ヘッドを採用しており、カセットサイズは縦30mm、横21.5mm、厚さ5mmと超小型で"切手サイズ"と宣伝された。超小型でも録音時間は120分、90分、60分と会議や商談、取材の録音用としては十分の性能を持っていた。ただし、サンプリング周波数32kHz、量子化12ビットでADPCM方式のデジタル圧縮による録音なので音質面では劣りオーディオ用としては不向きだった。それでも、後に半導体メモリを使ったICレコーダーが登場するまでは活躍した。

参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、「CDのすべて」(電波新聞社)ほか