エレクトロニクス立国の源流を探る
No.129 電蓄からデジタルオーディオまで 第31回
1992年にMDウォークマンの第1号機「MZ-1」を発売
今では、家電販売店やオーディオ専門店の店頭では、全く見ることが無くなり、ネットオークションで中古品が売り出されている程度になったMD(ミニディスク)だが、2000年代初頭から中盤にはオーディオ界の主役として大いに活躍した。そこでMDの歴史を少し振り返ってみたい。MDは、ソニーが1991年に技術発表し、翌年の1992年にMDウォークマンの第1号機「MZ-1」を発売したのがスタート、価格は79,800円だった。当時、79,800円と言う価格設定は、オーディオファンにとってかなり高価で簡単には手を出せない商品だった。それでも自分で録音や編集ができ、アナログのカセットテープやオープンリールのテープデッキでコピーや編集するのとは違って、音質の劣化が無いのはオーディオファンにとっては大きな魅力だった。
ソニー初のMDウォークマン「MZ-1」(ソニー歴史資料館)
CD規格が制定されてから約10年遅れて登場したMD
1981年に初のデジタルオーディオメディアであるCD規格が制定されてから約10年遅れて登場したMDだが、自分で録音できることはCDには無い大きな魅力であり、価格は高かったものの、その後の量産化によって価格が下がり、急速に普及していく事になった。ソニーがMDを開発しなければならないと決断したのは、当時、CDとともにオーディオ事業の中心だったミュージックテープやコンパクトカセットの売り上げが頭打ちになってきたことがあった。実は、国内のオーディオ市場は1988年をピークに生産量、生産額とも下降線をたどっていた。そこで、何か新しいものを生み出して再び成長路線に向かわなければならないと、当時ソニーの社長だった大賀氏は考えた。大賀氏はCDの生みの親とも言える人で、自分が中心となってCDビジネスを立ち上げてきた人だが、CDは記録済みのソフトウエアを楽しむ再生専用のものであり、自分で録音できるカセットに代わる次世代機器が必要と考えた。それがオーディオ市場を復活させる決め手になると開発陣にゴーサインをだした。
業務用、プロ用オーディオ機器の技術・実績が役立つ
もともとソニーには、コンシューマー向けのオーディオ機器以外にもスタジオや放送局などの業務用、プロ用オーディオ機器でも実績があり、高い技術力を保持していた。それだけに、この技術を生かして次世代の記録可能な機器を開発する技術的なベースはあった。ソニーは1977年9月に家庭用PCM(Pulse Code Modulation)プロセッサー「PCM-1」を発売しており、業務用「PCM-1600」も発売していた。これと、U規格VTRと組み合わせて、録音スタジオでもデジタル化を可能にしていた。このシステムの音をカラヤンに聴いてもらったところ好評で、自信をもって世界の録音スタジオや放送局に売り込もうとしたのだが、思ったほどの反応は得られなかった。当時、全盛だったアナログオーディオ技術の最高峰である機材を駆使していた録音スタジオのエンジニア達はデジタルオーディオに拒否反応を示したのである。
大物音楽家達の応援を得てデジタルオーディオへの理解深まる
このデジタルオーディオに対する拒否反応は、エンジニア達だけでなく、一部のオーディオ評論家やハイアマチュアの間にも根強くあった。その理由は、この連載で先に書いたように、音はアナログの世界であり、連続した音の波を、細切れにしてしまうデジタルオーディオは違和感がある、と言うのが彼らの否定の理由である。さらに、新しい機器だけに量産もできないから価格はアナログタイプの機器より数段高価になる。しかし、音楽家の中にもデジタルオーディオ機器の良さを理解してくれる人達もいた。ボーカリストのスティービー・ワンダー、ジャズピアニストのハービー・ハンコックなど、大物アーチストが高く評価してくれたのだ。ソニーのデジタルオーディオ機器で録音した自分の歌や演奏を流しながら、AESの機器展示会場でソニーのブースに座って応援してくれたという。この音楽家達のデジタルオーディオへの理解と応援によって他の音楽家達への理解が広がっていったのは幸運だった。CDの普及にはカラヤンが、デジタル録音機器の普及にはスティービー・ワンダーやハービー・ハンコックが大きな役割を果たしてくれた。もし彼らの協力と支援がなければ、デジタルオーディオの普及は、ずっと後の事になっていただろう。そして、これが有ったからこそ、その後、スタジオ録音でマルチトラック録音が可能となり、複数のマイクを使ってそれぞれ異なるトラックに録音し、後でミキシング編集によって音楽的バランスをとって、現在のような最適な録音ができるようになって行ったのである。
MO開発がバネになり記録可能なMDへの道が開ける
また、ソニーではCD開発後、アナログオーディオの世界ではあたりまえになっていた磁気テープによる録音を、ランダムアクセスが可能なディスクでも録音が可能な技術開発を行っていた。そして、情報記録用のメディアだが1986年には追記型の「WO」(Write・Once Disk)を開発した。これは、1回だけ情報を記録できる光ディスクで、一旦消してまた書き換えることはできなかった。その後も研究を重ね、1988年には書き換え可能な「MO」(Magnet Optical Disk)の開発に成功した。この「MO」の開発によって何回でも書き換えが可能な光磁気ディスクを商品化することができた。
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、パナソニックHP、JEITA・HP、「CDのすべて」(電波新聞社)ほか