エレクトロニクス立国の源流を探る
No.131 電蓄からデジタルオーディオまで 第33回
ソニーがMO(光磁気ディスク)を応用したMD(ミニディスク)の開発に向けて全力投入
CD(コンパクトディスク)が普及し始めた頃から、誰でも手軽に録音・再生ができるデジタルオーディオ機器開発は、技術者の夢であり、多くのオーディオファンの夢でもあった。そして、テープを使ったDAT(デジタルオーディオテープ)、DCC(デジタルコンパクトカセット)などが開発された。しかし、CDのようにランダムアクセスが出来ない。CDに馴染んだオーディオファンにしてみれば、CDのように使い勝手の良いデジタル録音・再生機器を望むのは当然のこと。それにはディスクを記録媒体とした機器を開発しなければならない。
実はソニーでは、光磁気方式を採用した記録できるCDとも言えるCD-MOを1980年代後半に完成していた。しかし、まだ民生用として普及させるには無理があった。CDをコピーするには著作権問題もある。また、民生用として普及させるなら、もっとコンパクトで、ラフな扱いをされても壊れない耐久性も必要となる。そして、何より価格が手頃でなければ普及しづらい。当時、社長だった大賀氏は研究室でこのCD-MOを見て、CDよりもっとコンパクトなディスクを使ったデジタルオーディオ機器を開発すれば普及するに違いないと、技術陣に開発するよう指示した。
コンパクトサイズのディスクにCD並の録音時間確保を目指す
そのゴーサインを受けて、ソニーの技術陣はMO(光磁気ディスク)技術を応用したMD(ミニディスク)開発に全力を傾けることになった。ライバルであるDATやDCCが普及してからではMDを普及させるのは難しくなる。開発を急がなければならない。だが、MOをオーディオ用として利用するには技術的な課題も多く、ましてや誰でも簡単に取り扱いできる民生用となると、さらに要求は厳しくなる。次世代の録音可能なディスクは当然のことながら、CDよりさらにコンパクトでなくては意味が無い。しかも民生用としては、ラフな扱いをされても傷がついたり、破損したりしない頑丈さと、ある程度、高温・低温・高湿度などの厳しい環境下でも故障しない耐環境性能も要求される。また、コンパクトサイズのディスクであっても、録音時間はCDなどからのダビングを考えると60分程度は最低必要となる。
8㎝と6.4㎝のいずれのディスクがベストなのか検討、6.4㎝に決まる
大賀社長は、MDのディスクサイズを当時8㎝CDが普及していたのでMDも直径8㎝のディスクで行こうと考えていた。しかし、技術陣はCDの直径12㎝の約半分、6㎝程度のコンパクトサイズでもCD並の音質でCDと同等の74分録音する事が出来ると見通していた。そこで、8㎝と6.4㎝のいずれのディスクがベストなのか検討するとともに、様々な調査を行った結果、6.4㎝で十分な性能が得られることが分かった。6.4㎝のディスクをカートリッジに収めることで傷が付きづらく携帯性にも優れたものとなる。
1991年5月にMD開発を発表。規格書「Rainbow Book」策定
そして、1991年5月にMD開発を発表した。MDの規格は「Rainbow Book」を呼ばれる規格書にまとめられた。カートリッジ入りの光学ディスクを採用し、ディスクの直径6.4㎝、厚さ1.2㎜、カートリッジのサイズは横7.2㎝、縦6.8㎝、厚さ0.5㎝となっている。データ圧縮技術には、「ATRAC」(Adaptive Transform Acoustic Coding)"アトラック"が採用された。ディスクは、再生専用ディスク、録音用ディスク、ハイブリッドディスクの3つの規格がある。そして、この年の10月に都内、池袋のサンシャインシティで開催された「第40回オーディオフェア」(この年から名称変更)においてMDとDCCの技術発表とデモが行われ大きな反響を呼んだ。一方のデジタル録音機であるDATはすでに1986年に開催の「第35回全日本オーディオフェア」に参考出品されており、MDとDCCはDATに5年遅れての登場となった。
CDでは、ソニーとオランダのフィリップスは協力して技術開発や、規格化を図って来たが、デジタルオーディオでは、コンパクトカセットの生みの親であるフィリップスだけに、コンパクトカセットにこだわりがあり、そのデジタル化を目指していた。両社は何度も話し合い、デジタルオーディオでも共同歩調をとろうとしたがまとまらなかった。その結果、MDとDCCという2つの違ったメディアが誕生することになった。
デジタル圧縮を疑問視するオーディオマニアには厳しい反応もあった
ソニーが比較的短期間にMD開発に成功した背景として、以前からMOを手掛けていたことが大きい。この光磁気記録技術を活かして音楽用MDを開発できる優位さがあった。とは言っても、ディスクの大きさは直径6.4cmと決まったので、CDと同じ時間の音声を、約半分の大きさのディスクに録音できなければならない。直径が半分になると言うことは、面積比では4分の1のディスクに記録しなければならないことになる。それには新しいデジタル圧縮技術の開発が不可欠となる。当時、CDでさえデジタル圧縮という言葉に拒否反応を示すオーディオマニアがおり、あれこれと批判する声もあった。それを、直径で約半分、面積比で4分の1に過ぎないMDにデジタル圧縮して録音しようと言うのだから、その反応はCDより厳しいものとなった。
「ショックプルーフメモリー」や、音楽用MDに適した光学ピックアップを開発
MDの商品化を実現できたのは、それまで蓄積されてきたMO技術や「ATRAC」という新しい音声デジタル圧縮技術に加えて、半導体メモリーを使った音飛びを防止する「ショックプルーフメモリー」という新技術、さらには音楽用MDに適した光学ピックアップの開発などがあった。6.4㎝の小型ディスクの特徴を活かしてポータブルMDプレーヤーを商品化するためには、再生時にショックが加わった時の音の途切れを抑える技術開発は不可欠となる。ソニーではMDをウォークマンのように「何時でも、何処でも、手軽に楽しめる」パーソナルなポータブルオーディオ機器として売り出すことを考えていたからである。
メディアの種類 | 光磁気ディスク |
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録音時間 | 60分(当初) |
デジタル圧縮 | ATRAC方式 |
回転速度 | 1.4m/s(60分の場合) |
ディスク直径 | 64mm |
カートリッジサイズ | H68×W72×D5mm |
ディスクの種類 | 再生専用、録音用、ハイブリッド |
表:MD(ミニディスク)の主な規格
参考資料:JAS journal(日本オーディオ協会編)、日本ビクターの60年史、SOUND CREATOR PIONEER、ソニーHP、ソニー歴史資料館、JEITA・HP、「MDのすべて」(電波新聞社)ほか