ノーベル賞のパロディ版としてのイメージが強いイグ・ノーベル賞

タイム誌に載ったことやイグ・ノーベル賞を受賞したことが、井上大佑氏の名をカラオケの発明者として世界的に広めることになったのは前回紹介したが、イグ・ノーベル賞とはどんな賞なのだろうか。これについては、笑う科学イグ・ノーベル(志村幸雄著 PHP研究所)に詳しく紹介されているので、関心のある方はご一読いただきたい。イグ・ノーベル賞と言う賞が有る事は、たまにテレビや新聞報道などで知っている人もあるだろう。だが、そのイメージとしてノーベル賞のパロディ版で「おもしろ・おかしな発明」に与えられる賞程度に見られているのではなかろうか。

1991年にサイエンス・ユーモア雑誌の編集長だったマーク・エイブラハムズ氏が創設

たしかに、そう言ったイメージに近いところもある。イグ・ノーベル賞は、1991年にサイエンス・ユーモア雑誌「風変わりな研究の年報」を発刊する際に編集長だったマーク・エイブラハムズ氏が創設した賞だった。「面白いが埋もれた研究業績を広め」、「並外れたものや想像力を称賛」することで科学や機械、テクノロジーへの関心を高めるのが狙いだった。毎年、10の個人やグループに「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる業績」や「風変わりな研究」などに贈られている。しかし、それだけではない、中には皮肉を込めて授与されるときもある。例えば「水爆の父」として知られるエドワード・テラーは「我々が知る“平和”の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」としてイグ・ノーベル平和賞が贈られている。まさにパロディであり、反面教師的な存在である。

イグ・ノーベル賞常連国となっている日本

イグ・ノーベル賞が創設されて以来、日本人はほぼ毎年のように受賞しており、イグ・ノーベル賞常連国となっている。むろん、本家本元のノーベル賞においても日本人の受賞者は多い。ノーベル賞は1901年にダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの遺言により創設された世界的に権威のある賞で、改めて説明するまでもなく子供でも知っている。日本人では、1949年に湯川秀樹氏が中間子の存在を理論的に予言したことで物理学賞を受賞しており、その後も様々な分野で受賞者が出ている。2019年には日本人25人目の吉野彰氏が、リチウムイオン電池開発に貢献したことで化学賞を受賞している。ノーベル賞の受賞者は欧米が寡占化している中で、アジアでは日本が25名の受賞者を輩出、特出した存在となっている。

「たまごっち」や犬語翻訳機「バウリンガル」なども受賞

イグ・ノーベル賞を本家本元のノーベル賞と比較するのもおこがましいが、日本人は多数の受賞者を輩出しているイグ・ノーベル賞大国である。日本で最初にイグ・ノーベル賞を受賞したのは1992年に神田不二宏氏をはじめとする資生堂研究員の「足の匂いの原因となる化学物質の特定」という研究に対して医学賞が贈られた。また1997年には「たまごっち」で経済学賞が、2002年には犬語翻訳機「バウリンガル」が平和賞、そして2004年にカラオケの発明者として井上大佑氏が平和賞を受賞している。受賞理由として「カラオケを発明し、人々が互いに寛容になる新しい手段を提供した」業績に対してで、また「歌によって相手に苦痛を与えるためには、自らも相手の歌による苦痛を耐え忍ばなければならない」と付け加えられている。このあたりは今日のカラオケにも通じるものがあり、カラオケボックスや宴会場などで下手な歌を無理やり聞かされる苦痛は耐えがたいものがある。

イグ・ノーベル賞候補として多数の発明や研究がノミネートされている

2007年からは毎年受賞しており、2007年に「ウシの排泄物からバニラの香り成分“バニリン”を抽出した研究」で山本麻由氏(国立国際医療センター研究所研究員)が化学賞を受賞しており、2019年の「典型的な5歳の子供が、1日に分泌する唾液量の測定」に対して化学賞が贈られるまで25件に及んでいる。ユニークなものとしては「バナナの皮を踏んだ時の摩擦」「キスでアレルギー患者のアレルギー反応が減弱する」などの研究もある。さらに、イグ・ノーベル賞候補には、回転寿司、青いバラ、クモの糸による新素材をはじめ多数の発明や研究がノミネートされている。

井上大佑氏がカラオケの発明者としてタイム誌に載ったのをはじめ、その後にイグ・ノーベル賞を受賞したことが、多くのマスコミの注目を集め、何度も報道されたこともあって、いつの間にかカラオケの発明者として定着した。しかし、全国カラオケ事業者協会のカラオケ歴史年表には、根岸氏の方が先にカラオケの機械を作製したと記述されている。また、井上氏自身もカラオケ発明者だとも言っておらずマスコミや外部の者が勝手に決めてしまった結果と言えるだろう。

カラオケ産業を育て成長させた井上大佑氏

それでも、井上大佑氏がカラオケの発展に大きく貢献した事実は変わらない。カラオケはハード(カラオケ機)とソフト(カラオケ用テープ)の融合したものであり、ミュージシャン出身の同氏はハードとソフト両面で貢献しているからである。カラオケ機を日本で一番先に発明したわけではないが、カラオケのレンタルを始め、商業化に導いたことが今日のカラオケ産業の礎となっている。したがってカラオケ産業を育て成長させた人と言えるだろう。 
 

 
写真:カラオケの科学(中村泰士著)と笑う科学イグ・ノーベル賞(志村幸雄著)

参考資料:一般社団法人 全国カラオケ事業者協会HP、レジャー白書、JASRAC(一般社団法人 日本音楽著作権協会)、カラオケを発明した男(大下英治著 河出書房新社)、カラオケ秘史(烏賀陽弘道著 新潮社)、カラオケの科学(中村泰士著 はまの出版)、カラオケ王国の誕生(朝倉喬司著 宝島社)、笑う科学イグ・ノーベル賞(志村幸雄著 PHP研究所)、外国語になった日本語の事典、 日本ビクターの60年(日本ビクター編)、「SOUND CREATOR」(パイオニア編)、他