エレクトロニクス立国の源流を探る
No.21 小さな町工場を世界のSONYに育て上げた井深大さん(第10回)
「コンパクトカセット」オーディオ時代を切り開く
フィリップス社のカセットテープ規格を採用
カセットテープを使用するポータブルオーディオ“ウォークマン”は井深さんの発案によるものだったことは前回紹介した。このカセットテープはオランダのフィリップス社が開発したものだが、ソニーがこのカセットテープの規格を採用したことで世界的なテープオーディオの普及に拍車をかけたといえるだろう。
実は、このフィリップス社が開発したカセットテープの採用に、井深さんはあまりかかわっておらず、後にソニーの社長になる大賀典雄さんにフィリップス社との交渉をまかせていたという。大賀さんは音楽家でもありオーケストラの指揮を執るほどの人。その大賀さんの音楽家としての才能を見込んで一切の交渉を任せたもの、人材を見抜き、そして仕事を任せる、という井深さんの人材活用に対する考え方が窺える。
世界の各社が様々なアイディアでカセットテープを開発
実は、このころオーディオ用カセットテープの開発は世界の各社が行なっており、様々なアイデアが出ていた。1958年にアメリカのRCA社が「カートリッジ」を考案したほか、各社が“カセット”や“マガジン”など様々な名前と規格のものを開発した。いずれも簡単に操作でき、オープンリール方式に比べて格段に使いやすく、機械操作に不慣れな人でも楽しめ、小型化も可能なものだった。
そしてヨーロッパでオーディオ用カセットテープの開発に成功していたのは、オランダのフィリップス社以外にもドイツのグルンデッヒ社など数社があった。また、それ以前にソニーでも放送局用の携帯テープレコーダー「デンスケ」を開発しており、カセット化においても携帯テープレコーダー「ベビーレコーダー」でテープのマガジン化を実現していた。
当然、当時の主流であったオープンリールのテープレコーダーではソニーが圧倒的な世界シェアを持っていた。こうした背景の中、オーディオ用カセットテープを開発した会社から、テープレコーダーで圧倒的な世界シェアを持っているソニーに「一緒にオーディオ用カセットテープの標準化をやろう」という声がかかってきた。
「コンパクトカセット」の基本特許を無償公開させた大賀さん
フィリップス社からは、後に同社の社長になったデッカー極東部部長が交渉にやって来た。デッカー極東部部長は「カセットテープの特許料として一個当たり25円のロイヤリティーでどうか」という条件を出してきた。しかし、交渉にあたった大賀さんは「そんな高額な特許使用料はのめない」と再検討を促した。数日後、フィリップス社は「6円に下げるから契約しよう。各社はこの額でサインをし始めた」と言ってきた。
しかし大賀さんは納得せず、「無料にしないならグルンデッヒと契約する」と言った。困ったフィリップスはさらに折れ、結局ソニーには無料ということになった。しかし、独占禁止法の問題や、メーカー間の信頼の問題を考えるとソニー1社だけ無料というわけにいかず、互換性を厳守することを条件に、世界中のメーカーを対象に基本特許の無償公開に踏み切った。こうした経緯について井深さんは「オーディオ用カセットテープを世界的に普及させることに成功したのは大賀君の功績だ」と評価している。
当時、ソニーがテープレコーダーで圧倒的な世界シェアを持ち、標準化において有利な立場で交渉に臨めたこともあるが、大賀さんの交渉手腕もなかなかのものだった。後に「フィリップス社が特許使用料無しで技術を公開したからカセットテープが世界的に普及した」と、フィリップス社の英断をほめる声があるが、その裏にはこうした丁々発止のやりとりがあったのだった。
1966年コンパクトカセットレコーダー第1号機「TC-100」発売
こうして、無償特許公開されたオーディオ用カセットテープ「コンパクトカセット」の普及が始まった。1966年頃からソニーをはじめ日本の各メーカーは「コンパクトカセット」テープやテープレコーダーの製造設備を整えた。ソニーの「コンパクトカセット」レコーダー第1号機は、1966年発売の「TC-100」(マガジンマチック100)で、重さはわずか1.75kgと、オープンリール式の最軽量機に比べ、重さも体積も半分以下となった。
ソニーのコンパクトカセットレコーダー第1号機「TC-100」
だが、「コンパクトカセット」の音質はトラック幅が狭く、テープ走行スピードも遅かったのでオープンリール式に及ばず、学習用などの一般録音機として使われていた。音質重視のオーディオマニアは、2トラ38cmのオープンリール式のステレオテープデッキを使用し、広い周波数帯域とダイナミックレンジ、チャンネルセパレーションの良さを満喫していたオープンリールの時代だった。
オーディオマニアが使っていた2トラ38cmオープンリール式ステレオテープデッキ(右)(ソニー歴史資料館にて撮影)
技術の向上とともに音楽の録音・再生に使用され始める
やがて「コンパクトカセット」も技術の向上とともに、音楽の録音・再生、さらにハイファイサウンドが楽しめるようになっていった。メタルテープなどより高性能な磁性体の開発とヘッドの改良などに加え、テープ特有のヒステリシスノイズを低減する技術、アンプ部の低雑音化技術など回路技術の改善も進んでいった。
さらに、ラジオカセット(ラジカセ)などの複合商品が登場するとともに、ミニコンポブームが到来し「コンパクトカセット」デッキがオプションや標準搭載されるようになっていった。まさに「コンパクトカセット」使って音楽を楽しむ「コンパクトカセット」オーディオ時代を迎えることになったのだ。そして、ソニーを始めとする日本のメーカー各社が生産した「コンパクトカセット」デッキや「コンパクトカセット」が世界市場に広まってゆくのである。
『参考文献』 Web:ソニーヒストリー、ソニー歴史資料館、「本田宗一郎と井深大」(板谷敏弘、益田茂著)、「ソニー自叙伝」(ソニー広報センター著)、井深大の世界(毎日新聞社)