エレクトロニクス立国の源流を探る
No.23 小さな町工場を世界のSONYに育て上げた井深大さん(第12回)
PCMプロセッサ「PCM-1」からCD(コンパクトディスク)へ
「PCM-1」は売れなかったが「誤り訂正符号」技術を開発
1977年9月に世界初の家庭用と銘打ったデジタル録音・再生機器PCMプロセッサ「PCM-1」を発売したソニーだが、48万円と言う高価な物だったため家庭に普及することはなかった。しかし、「PCM-1」の開発において後に大いに役立つ「誤り訂正符号」技術が培われたのだった。
アナログ方式の録音ではレコードにしろ、テープにしろ、音楽信号以外にもノイズが伴う。レコードの場合は盤と針が機械的に擦りあうために生ずる独特のノイズが発生する。しかも、再生を繰り返すたびに傷がつくので徐々にノイズが増えてしまう。
テープの場合は磁気記録特有のヒスノイズが起きる。磁性体を磁化する時と再生するときのヒステリシスによるノイズで、このノイズをできるだけ軽減するためにNR(ノイズリダクションシステム)が開発された。しかし、このNRもかけすぎると原音にまで影響を与えてしまうので、おのずと限界がある。また、アナログの場合、コピーを繰り返すたびに音質が劣化してしまうのが大きな欠点となっていた。
「誤り訂正符号」技術が後にCD実用化に貢献
一方、0か1の数値信号で記録・再生されるデジタル方式の場合は理論的にはノイズは無い。しかもコピーを何度繰り返しても音質の劣化は起きないのが特徴だ。だが、実際にはデジタル方式でもノイズはある。アナログ信号をデジタル信号に変換(量子化)する際や、逆にデジタル信号をアナログ信号に変換する際にもノイズ発生の原因となる要素がある。
さらに、デジタル信号を読み取る際に完璧にトレースできない場合、読み取りエラーによるノイズが発生する。また、録音されているテープやディスクに傷がついた場合にも正確に信号を読み取ることができずノイズ発生の原因となる。このため、デジタルオーディオの実用化には、デジタル信号の読み取りを一部誤っても、それをカバーする必要がある。それが「誤り訂正符号」技術でPCMプロセッサ「PCM-1」の開発にも必要だったのである。ここで培った「誤り訂正符号」技術が後にCD実用化の上で大いに役立つことになる。
オーディオフェアにデジタルオーディオディスクを参考出品
CDの発案はオランダのフィリップス社のもだが、ソニーでも1977年秋のオーディオフェアにデジタルオーディオディスクを参考出品していた。当時は世界中のメーカーがデジタルオーディオディスクの開発を進めていたが、まだどのメーカーも実用可能なものは開発しておらず実験室段階のものだった。
ソニーが開発していたのは30cmのLP盤と同サイズのディスクで理論的には13時間以上も記録できるものだった。だが、オーディオフェアでのデモ機では2時間30分の演奏を記録したものだった。理論と実際に物を作るという間にはまだまだ解決しなければならない技術的課題があったし、実際、そんなに長時間記録できたとしても果たして商品としてものになったかどうかは疑問符が付く。
フィリップスがソニーにCDを提案
フィリップスは、テープのコンパクトカセット以来の協力関係にあるソニーにCDを提案してきた。それは、直径11.5cmのディスクで1時間記録できるものだった。当時、副社長で子会社のCBS・ソニーの社長だった大賀さんはこれを見て「レコードに代わるものになるだろう」と直感したという。
というのも、フィリップスは光ビデオディスクで先行しており、またソニーもデジタルオーディオでは「PCM-1」開発以来の信号処理技術で他社に先行していたので、両社の強みを合体すれば実用化が可能と判断したからである。
フィリップスとソニーはアナログレコードに代わるCDを共同提案
フィリップスは11.5cmのディスクに1時間録音を主張
1977年には、デジタルオーディオディスクの統一規格を決めるために世界のメーカー29社が加盟する「DAD(Digital Audio Disc)懇談会」が発足しており、フィリップスとソニーはCD規格をまとめて提案することとなった。しかし、規格をまとめる段階で両社に食い違いがあった。ディスクのサイズや録音可能な時間、音質を決める量子化ビット数やサンプリング周波数などにおいて合意するまでには白熱した論議があった。
フィリップスが提案した11.5cmのディスクサイズは、今でもカーオーディオの標準サイズとなっているDIN規格(ドイツ工業標準規格)にマッチするもので、オーディオカセットの対角線と同じ長さだった。フィリップスではこのCDをカーオーディオとしても普及させたいという思いがあったので当然のことだった。11.5cmのディスクに1時間記録できれば十分だという判断である。
しかし、音楽家でもある大賀さんは「ベートーベンの第九が入らないようではまずい。音楽が途中で切れてしまうようではユーザーに評価されない。75分の録音が必要だ」と75分を提案した。実際、クラシック音楽を調べてみると75分有れば95%以上の曲が収録可能という結果がでた。
ソニーは12cmディスクに75分録音を提案
だが、75分の音楽を記録するためには11.5cmのディスクサイズでは無理だったため、ソニーでは12cmサイズを提案した。11.5cmを主張するフィリップスでは「12cmにすると上着のポケットに入らなくなる」と反論した。しかし、これも実際に様々な上着を調べてみても14cm以下のものは無く、12cmでも十分というとになった。
残る量子化ビット数やサンプリング周波数においても「21世紀になっても通用する規格に」ということで、ソニーが主張した量子化ビット数16ビット、サンプリング周波数44.1kHzが採用された。PCMプロセッサ「PCM-1」の開発で培った技術がCDの規格決定でも大いにモノを言ったのである。
ちなみに、サンプリング周波数として決められた44.1kHzは何となく中途半端な数値に思う方が多いだろう。これは初期のCD製作のためのPCM録音に比較的安価なUマチックVTRを使ったためで、NTSC信号の水平走査周波数15.75kHzの3×(14/15)倍からきている。
また、標本化(サンプリング)には波形の持つ周波数成分の帯域幅の2倍より高い周波数で標本化する必要があり、サンプリング周波数44.1kHzなら、人の可聴周波数の上限と言われる20kHzもカバーできることになる。こんな両社の駆け引きの末、ようやく「DAD懇談会」に提出するCD規格がまとまった。そして1982年、世界初のCDプレーヤー「CDP-101」が発売されたのである。
世界初のCDプレーヤー「CDP-101」(ソニー歴史資料館にて撮影)
『参考文献』 Web:ソニーヒストリー、ソニー歴史資料館、「本田宗一郎と井深大」(板谷敏弘、益田茂著)、「ソニー自叙伝」(ソニー広報センター著)、井深大の世界(毎日新聞社)、ウィキペディア(Wikipedia)