厚さ10mmを切り、数mm単位の薄型化競争時代突入

1975年(昭和50年)4月にシャープが厚さ9mmの薄型手帳タイプ電卓「EL-8010」を発売後、電卓は厚さ10mmを切り、数mm単位の薄型化競争に突入した。これを可能にしたのが、液晶表示装置やフィルムキャリア方式、太陽電池などの採用である。同年10月にはカシオ計算機も手帳サイズ電卓「Pocket-LC」を発売、シャープとカシオ計算機の薄型化競争は一層激しさを増していった。無論、両社以外のメーカーも薄型化で手をこまねいていたわけではない。三洋電機も1976年(昭和51年)に厚さ6mmの「CX-8176L」を、キヤノンも同年に厚さ9.5mmの「LC-1」を発売し追従している。

三洋電機が世界一の薄さ6mm「CX-8176L」を発売

三洋電機の「CX-8176L」は、電池部門に強い同社の技術力を生かしたリチウム電池を採用することで当時、世界一の薄さ6mmを実現することができたのだった。価格は8,500円と思い切った低価格を打ち出したものだった。実は、同社はその前年1975年に同社初の液晶電卓「CX-8028L」を発売しており、薄型化競争でもかなりの技術力を持っていた。シャープやカシオ計算機が高いマーケットシェアを持つとはいえ、薄型化競争では新しい技術を開発することによってまだまだ逆転可能な時代であった。

シャープがタッチキータイプのボタンレス電卓「EL-8130」を発売

様々な技術開発によって電卓の薄型化が進んでいったが、もう一つの解決しなければならない問題があった。数字の入力などの操作ボタンである。操作ボタンは、キーストロークが必要なためどうしても一定の厚さが必要になる。そこでボタンを持たないタッチキータイプの電卓が開発された。1977年(昭和52年)にシャープが発売したボタンレス電卓「EL-8130」である。それまでもっとも薄かったカシオ計算機の「LC-820」の厚さ6.5mmを下回る厚さ5mmと言う超薄型電卓が登場したのだった。

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シャープのボタンレス電卓「EL-8130」

カシオ計算機の名刺サイズ電卓、厚さ3.9mm「LC-78」が大ヒット

これによって電卓は厚さ5mmを切るカード型電卓競争に入った。薄型化ではシャープ、カシオ計算機に一歩も引かない三洋電機も、1977年(昭和52年)12月に厚さ4.5mmの薄型電卓「CX-8179L」を6,500円で発売した。さらに、翌1978年(昭和53年)に入るとカシオ計算機が名刺サイズで厚さ3.9mmの「LC-78」を6,500円で発売した。ボタン電池を採用したこの名刺サイズのスリムな電卓は「持っていることを忘れる」と世間を驚かせ、爆発的な人気を呼んだ。そして、折からの不況にもかかわらず、注文が殺到し、それまでヒット記録を持っていた「カシオミニ」の月産20万台の2倍、月産40万台の大ヒット商品となる。

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カシオ計算機の名刺サイズ電卓「LC‐78」

三洋電機が厚さ2.9mmの「CX-8181L」を発売

このカシオ計算機の「LC-78」に対抗して、シャープも半年後にさらに0.1mm薄い「EL-8140」を発売し猛追する。そして1978年(昭和53年)7月には、三洋電機が厚さ3mmを切る当時、世界最薄型といわれた厚さ2.9mmの「CX-8181L」を6,800円で発売した。さらに同年8月には、キヤノンがやはり厚さ2.9mmの「LC-6」を発売した。これによって電卓の薄型化競争は3mm以下での戦いとなった。

ついに戦いの舞台は厚さ2mm以下のカード電卓競争へ

1978年(昭和53年)は、めまぐるしいほどのスピードで繰り広げられる薄型化競争によって、次々と世界最薄記録が塗り替えられた。

カシオ計算機は、同年11月に厚さ2mmのクレジットカード電卓「LC-79」を5,900円で発売した。そして次なる戦いの舞台は2mm以下のカード電卓競争となっていった。ついに翌1979年(昭和54年)2月にキヤノンが厚さ1.9mmの「LC-7」を発売した。さらに同年3月にはシャープが厚さ1.6mmの「EL-8152」を発売し、カード電卓は厚さ1mm台が当たり前の時代となった。

カシオ計算機が究極の薄さ0.8mmのフィルムカード電卓「SL-800」を発売

その後も、メーカー各社は面子を掛けた薄型化競争を繰りひろげた。そして1983年(昭和58年)4月、究極の薄型と呼ばれた厚さ0.8mmの名刺サイズ電卓「SL-800」がカシオ計算機から5,900円で発売された。幅85mm、奥行き54mm、重さ12g、厚さは0.8mmとついに1mmを切ったのである。CPUにはフィルムキャリアLSIが採用され、表示装置はフィルムLCDが、また電源はフィルム太陽電池が採用された、まさに「フィルムカード電卓」だった。また、シャープも翌1984年(昭和59年)には厚さ0.8mmのカード電卓「EL-900」を発売している。

電卓の薄型化競争が「軽薄短小」技術をもたらす

フィルムカード電卓「SL-800」は、単に電卓の薄型化の極致というだけでなく、電子技術の進歩が「軽薄短小」製品時代をもたらしたことを示すとともに、電卓の薄型化競争がもたらした電子部品のフィルム化技術が、新しい電子素子や生産技術に革命をもたらしたといえる。この間培った日本メーカーの「軽薄短小」を実現する技術は、民生用電子機器に止まらず産業用の電子機器まであらゆる分野に応用されていったのである。

参考資料:「電子立国・日本の突破口」(佐々木正著:光文社)、「原点は夢 わが発想のテクノロジー」(佐々木正著:講談社)、「シャープのスパイラル成長経営」(下田博次著:にっかん書房)、「躍進シャープ」(宮元惇夫著:日本能率協会マネージメントセンター)、シャープ広報資料、カシオ計算機広報資料、電卓博物館、電卓の歴史(東京理科大学)